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「そういえば、そろそろ彩子倒れる時期でしたね」  ぼくは尻もちをついたまま、彩子が怒った理由を考える。 「どういうこと?」 「そういうことですよ。彩子は怪我してないのに血が出てる」  そう言ってヒツジコは彩子を追いかけにいった。一人残されたぼくはヒツジコの言葉を反芻して、左手の血の跡を見る。チックタックと考え込んで、ぼくは頭を抱えた。  彩子は月に一回倒れてしまう。  それは病気ではない。  今、怪我をしていないのに血が出ている。  つまりはつまり……。  ぷっとぼくは吹きだした。くっくっくと肩を揺らし、小さな声で笑いだす。そりゃあ、殴られても仕方ないのかもしれない。いつかどうして倒れるのかをしつこく聞いたら叩き出されるわけだ。  彩子は女だ。その事情だったわけだから。  ぼくが一人で笑っていると、管理人がユキノジョウや三号を連れてやってくる。 「デリカシーのないやつ」  三号は呆れたように口にした。ぼくは笑うしかなかった。  管理人に事情を話すと記憶のデータなど取られたりした。そういう細々としたものを終えると、ぼくは屋上まで来ていた。もうすぐ朝日の上がる空は一番暗い。強い風に叩きつけられながらも、ぼくはまっすぐと前を向いていた。  裏切りが当たり前のセブン。その中で例外だったはずのフーマの内部。少し感傷的だったのかもしれない。  管理人が今フーマを追っている。朝になる頃には、彩子を仲介してナツキと話をつけるようだ。朝になれば、何かが終わり、始まる。  朝に近づく屋上は風が吹き乱れ、その時を待っているかのようだった。 「ここにいたんだねー」  声がしたので振り返ると、ピンク色のシャカシャカに着替えた彩子が立っていた。荒れる風も気にせずこちらへやってくると、ぼくの隣に立った。 「ふむ、高いから見晴らしはいいもんだ。空気が悪くなければもっとよかっただろうね」 「彩子、大丈夫なの?」 「何がだい?」  彩子はいつもこの期間倒れていた。それが聞きたかったのにぼくはつい言い淀むと、彩子が明るい声でカラカラ笑った。 「意地悪だね、彩子は。大丈夫。ヒツジコの治療のついでに、痛み止めの注射をしてもらった。まだ彩子にはやることがあるからね。一日目だし、だいぶ楽さ」  腕を思わず掴むと、ほんのり湿ってあったかい、いつもの彩子の体温がそこにあった。金色の目は相変わらず何かと戦っているかのように、きらりと輝いている。 「ねえ、空が明るくなっていくよ」  そう彩子は東の空を指差して黙った。ぼくもゆっくりと色を変える空を見る。  一人でいる時は真っ暗だった空は、だんだんと曇り空のように薄明かりに変わっていく。濃い灰色のうすどんよりしたベールがぼくらを包み込んでいるようだった。彩子はどうしてか憎らしげに明るくなっていく空を睨んでいる。 「彩子、ずっと遊ぼうって決めたんだ。ずっと遊んでいようって子供の頃の自分と約束したの」  彩子は出会った時と同じことを言った。その時とは違い、眉に力を入れて寄せるように東を見つめている。 「子供の頃さ、男女なくみんないっしょで、遊んでいたじゃないか。そんな感じで、ずぅっと遊んでいようって。そういうの過ぎて女の子は女の子、男の子は男の子って同性でグループを作るようになるのギャングエイジっていうらしいね。彩子がいたいのはその前の時期。あんま男女差もなくてさ」  自嘲するように鼻を鳴らすと「ヒツジコに怒られちゃったけどね」と呟いた。 「それは彩子が一人だったから。わたしたちでも、一人であの人数は危険だ」 「でもいつも彩子はなんだかんだ、みんなに守られていた」  彩子は拳を作って、伸びかけた爪を手の平に食い込ます。その手は震えていて、瞳がきららと光った。 「いっしょがいいよ、彩子は。恋愛とかつまらないもの押し退けてさ、彩子は彩子でいたい。でも生理はくるし、胸も大きくなっていく」  そうして、彩子はぼくに振り向いた。大きな瞳はぼくに向けられている。だが憎しむような色は変わっていない。
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