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「彩子、大きくなりたくない。未来なんていらない。でもどんどん成長してっちゃう。ギャングエイジの前がいいの。でもそんな場所はないんだ。結局守られる。ならできるなら、ずっといっしょがいい。彩子をとめてほしい。押さえつけて、どっか行っちゃわないように。でもみんな成長していく。大人になる。ねえ、明日になる朝なんていらないよ」
そうぼくに倒れ込むように、抱きついた。彩子は震えている。朝日を憎んで、憎んで、自分の体がどうしようもないことに悲しんでいる。
「ねえ、彩子はいっしょがいい。みんなといっしょが……大きくなりたくない。リザさんみたいになっちゃうのなんてやだ。このままがいい。でもハイドもみんなも大きく……」
その彩子の肩を、ぼくは掴んだ。
「彩子。わたしは今から変なことを言う。だけど、信じてほしい」
「え……?」
「わたしは大きくなれない。大人になれない。わたしは、人間じゃないから」
彩子の憎しみが、ほんの少しぼくに流れ込んだ。そうだ。どんなに否定しても、みんなは未来に向かっていく。ユキノジョウがいつか言った。ハイドは大人になれないよ、と。どんなにそばにいても、ぼくはいつしか置いていかれる。
「フェイクヒューマンというもの。わたしは、機械。物であるから、姿はこのままだ」
信じてくれるのだろうか。彩子は目を見開いてぼくを見ている。
ただ沈黙が流れた。ぼくは彩子から視線を外し、東の空を見つめる。どんどんと明るくなっていく空は、確かに憎い。ぼくらから、ぼくらを連れ去ってしまうようで。
信じられないだろうな。そう笑ってしまおうとした時、彩子はぼくの胸に抱きついた。
「ハイド、信じるよ。どこか、おかしいと思っていたから」
目を閉じて、彩子は人間なら心臓にあたる部分に耳を寄せる。
「ハイド、何も飲まないし食べない。心臓の音も今、しないね」
「彩子……」
そう言ってから彩子はまた空を睨みつける。
それから言葉は必要なかった。どんなに憎んでも、ぼくは人間になれないし、彩子たちは成長していく。朝日がぼくらに明日を告げて、知らん顔で昇っていく。
誰かぼくたちをとめてくれないのだろうか。このままでいたいのに。
空の向こうに光り輝く太陽がある。そこからグラデーションを作り、また一段と明るくなっていく。ぼくと彩子は憎しみながらも、今という瞬間に深い深い愛情を感じていた。切なくほろ苦い匂いがする。
ぼくたちは言葉もなく空を見続けていた。
終わりの気配が、そっとそこにあった。
日が昇りきると、彩子は管理人に連れられて、車に乗った。これからナツキにリザとジェイの裏切りを伝えに行くのだ。彩子はできれば乗りたくないという顔をしていた。
発車する前、彩子が窓を開けた。名残惜しそうにぼくらを見ている。ふっと笑うと、前髪に息を吹きつけて言った。
「じゃあ、行ってくるから」
そして無理をして笑顔を作る。
これが、ぼくらの彩子を見る最後になった。
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