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ヒツジコが死んだのは、それから二年が過ぎた頃だった。ドラッグでハイになったジャンキーが歩道に車を乗り上げたのだ。ヒツジコははねられ即死した。ヒツジコは大人になれなかったのだ。話ではヒツジコはその時、花を持っていたそうだ。誰にあげようとしていたのか。それはわからない。しめやかにひっそりとヒツジコの葬式が行われたとも噂に聞いた。ヒツジコは街でも有名だったから、死体屋に運ばれる前に誰かがそうしたのだろう。ぼくとユキノジョウは参加していない。海に花を投げ入れるのが、ぼくたちの別れ方だからだ。
ちょうどその時期だった。キエロが帰ってきたのは。ユキノジョウとぼくはやはりこの街にキエロはあわないだろうと、外の街に住むことを勧めた。ヒツジコの死も影響してたのもあるし、怖いもの知らずとも言えなくなっての判断だった。そうしたらなんていうことだろう。キエロはぼくたちもいっしょに住まないかと提案したのだ。ぼくは感情のある機械だ。壊されそうになって、この街へ逃げてきた。逃げてきたから、この街からぼくは出られない。ヒツジコとの思い出があり、ぼくをほっとけないというユキノジョウをぼくは辛抱強く説得した。もう誰かを失うのは嫌だった。この街で死んでいくのは、もう一人でいい。ユキノジョウはだいぶ悩んでいたが、街を出ることにした。出ていくユキノジョウとは、大事な約束をした。この街に一度でも帰ってこないこと、ぼくは連絡をしないこと。落ちるのは簡単にできる、他人の足を引っ張ることもだ。
だから、ぼくはそれ以降ユキノジョウと会っていない。会っていないが、ユキノジョウは面白いことになった。なんとファッションのブランドを立ち上げ、有名人となったのだ。始まりは手慰みに服を作ったらしい。ユキノジョウはそれを近所のバンドに提供した。バンドはそれを着てステージに出たため、少しずつ有名になっていった。そうして運よくバンドが成功すると、プレミアのつく服へと変わっていったのだ。たまにテレビでユキノジョウを見ることがある。あんなに可愛らしかった顔は男らしくなり、美青年へと変わっていた。ガールボーイなんてもう誰も呼ばないだろう。ユキノジョウはキエロと結婚して子供を作っている。ユキノジョウは生き残り、自分の力で幸せを掴み取ったのだ。これは喜ばしい話だった。
ただ、この街ではシンデレラストーリーなんて呼ばれているけれど。
彩子は噂では病死したと聞いた。詳しいことはわからない。ぼくはヒツジコの時に流した花と同じものを買って、海に投げ込んだ。何もしがらみがなくなった二人は、いつかのように遊びながら、ぼくらを待っているのかもしれない。
ぼく? ぼくはあれから名を変えたりして、一人で過ごしていた。たまに仲間を作ったりもしたが、死に別れたり、時間とともに会わなくなったりとそんなものだ。そんなこんなで十四年も過ぎてしまい、ヒツジコの年齢をもこえてしまった。
シークレット・ガーデンもぼくも変わらない。変わらないから、ぼくはなんとかここで潜んでいることができる。
だがある日、ぼくの運命を変えるような人と出会った。
それは秋の夕方、いくあてもなくランドマークにでも寄ろうかなと考えていた時だ。
「ハイド!」
懐かしい名前を聞いた。ずいぶん昔に使っていたぼくの名前。ふっと笑うと誰かが同じ名前だったのだろうと歩きだす。だが、腕を掴まれ、ぼくは振り返った。
「待ってよ、ハイドってきみだろう?」
そこには金色の髪と瞳をした少年がいた。どこか懐かしく、何かを思い出させるような不思議な顔をした少年だった。
「あなたは?」
「おれの名前はミライ。死んだ母さんに言われたんだハイドをよろしくって。ひとりぼっちだろうからって」
「母さん?」
「なんだよ、おれ、結構母さんに似てるって言われるんだけどなぁ。彩子だよ。さ、い、こ」
「彩子?」
ぼくはまじまじとミライという少年を見る。光り輝くキラキラした瞳は、これから起こることに期待をした、いつか見た瞳を思い出す。
こういうこともあるのだ。
そう、生きているとはそういうことだ。
時間とはたまにこんなプレゼントをくれる。
「護衛をまいてきみを探しだすの大変だったよ。ねえ、おれと遊ぼう。ずっとずっとおれはそばにいてやるからさ」
にこにことした無邪気な顔は、ノーなんて返事を考えていないようだった。ぼくはくすくす笑いだす。そうして二人で歩きだした。
「ねえ、ハイド。何か面白いことをしようよ」
「じゃあ、面白い話をしてあげる」
「なあに?」
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