4/7
前へ
/59ページ
次へ
「ガールボーイ。今日も美少女面で愛らしいね。しかもお団子。とっても似合って素敵だよ、女の子としてはね。男としては終わってるけど」  そして、少年はぼくを睨んでくる。 「そっちも相変わらずデクノボウだな。ぼーっと突っ立ってる。なんていうかオーラが間抜けっぽいぜ。それでよくこの街で生きていけるよな。ああ、この二人に助けられてるのか。ダッセー、大の男が友達に助けられっぱなし」  事実なので、ぼくは言い返せない。何も言わないぼくに少年はさらにバカにするような目を向けてくる。  少年は、彩子の隣の部屋に住んでいる。同室のものと気が合わないらしい。自室にいる姿を見たことがない。どうしてかぼくたちを敵視して、彩子の部屋にやってくるたびに何か文句をつけてくる。年齢は十歳かそこらだと思う。名前は知らない。一度聞いたことがあるが、「お前らに教えるかよ」と突っぱねられた。ヒツジコは少年のことを勝手に「三号」と呼んでいる。なんの三号なのかわからない。教えてくれないのだ。いつか「三号ということは、一号と二号がすでにいるの?」と聞いたことがある。ヒツジコは爆笑するだけで、答えてくれなかった。 「赤目は赤目で性格のイタさが目から滲み出てるんだよ。『おれには感情がないんだ』とかマジで言っちゃえるイタいタイプの人間ってそういう目をしてるんだよね。目からイタさがにじみ出るって哀れなだな」  三号は挨拶代わりに、ぼくたちの悪口を言う。いつものことなので、ユキノジョウはにっこりと受け流している。突っかかるのはヒツジコだ。鉢植えを三号の頭に置いてぐりぐりっと動かしている。 「口だけは達者ですよね。くそ生意気な態度やめたらどうですか。だから友達もできないんですよ」 「そのおかしな敬語もそうとうイタいぜ。しかも友達がいないって、どうして言えるのかな。お前らが嫌いだからこうしてるだけってこともわからないのか」 「毎回、しつこいですね。いいかげん殴りますよ」 「殴るの、これだからバカは困るよ。こっちは口出してるのに手を出しちゃうのか。さあ、殴りたいなら殴れよ。おれはお前よりも弱いし必ずお前は勝てるだろうね。だから殴ったらお前の負けなのさ。お前は頭悪いからそんなことにも気づかないだろうね。暴力でおれを黙らせたら、おれよりも人間レベルが低いってことになるのに。どうぞどうぞ、口を出せない哀れな兄ちゃんよ、殴るがいいさ」  手をひらひらとさせる三号に、ヒツジコが掴みかかろうとする。三号は笑いながらすいっと逃げた。ヒツジコが蹴ろうとしても、三号はひょいっと避けてしまう。きゃらきゃら笑って「うわ、すっとろーい」とからかう三号と、「逃げ足と口だけしかないんですね」と追いかけるヒツジコで廊下が賑わった。 「だいたいランドマークのやつがこっちに……」  がんっと彩子の部屋のドアが揺れた。何かがドアに投げつけられたのだろう。三号がびくっと震える。ヒツジコも足をとめた。三号はべえっと舌を出す。 「お前らのせいで、彩子が怒った。帰れよ、本当に気の利かないタイプだな」  そう言って、三号はぱたぱたと駆けていく。ヒツジコはふっと前髪に息を吹きかけた。 「彩子も相変わらず元気そうだね」  そうユキノジョウが息をついた。ぼくはびくびくしながら、ドアをノックする。 「彩子。聞こえてたと思うけど、わたしたち」  返事はない。ノブを回すと鍵はかかっていなかった。思ったよりも機嫌はいいのかもしれない。悪い時はぼくたちでもこの中に入れてもらえない。  彩子の部屋に入る。すぐにベッドが見えた。腕一本だけが出ている。ドアの前に時計が転がっていた。これを投げたようだ。時計は七時二十三分をさしている。止まっているが、投げたせいではない。もともと止まっているのだ。 「おじゃましまーす」  ユキノジョウがベッドに駆けて行った。だらんと下がった腕がゆらゆら揺れている。白くて細いが、尖っている腕だ。いつもよりもずっと白く見える。 「いらっしゃい、おせっかいども」  ずるっと彩子が布団から顔を出した。顔が真っ青に染まっている。いつもはピンク色の唇も、口紅を塗ったみたいに白かった。頬はかさかさで、生気を感じない。ただ、金色に濡れる瞳だけが明るく輝いている。痛みに耐えるように眉を寄せながら、けなげにも彩子はにいっと笑った。 「ねえ、そのまま寝てていい大丈夫だよ」  ユキノジョウが布団をかけなおそうとしたけど、彩子はのろのろと起き上がる。ぼくが時計を投げると、彩子は空中で受け取ってベッドに投げる。羊のぬいぐるみの横にころんと時計が転がった。彩子は羊のぬいぐるみを枕替わりにしている。子供のころから持っているというぬいぐるみは、毛並がぼさぼさだ。元は白かったのだろうが、ヤニで染まってベージュに近い色になっている。  たぶん、ヒツジコの声で目覚めたのだろう。彩子は少し目蓋が腫れていた。何度か瞬きをして煙草に火をつける。髪をかき上げると、指に引っかかり赤い髪が数本抜け落ちた。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加