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「ユキノジョウはコーヒー。ヒツジコは紅茶だったね。ハイドはいつものように、何も飲まない。それでいいかな」  ユキノジョウが頷いた。立ち上がった彩子の腕をぼくは掴んだ。彩子の体温は低いほうだけど、今はほんのりしめってあったかい。 「わたしがやる」 「客人はおとなしく座ってて」 「つらそうなのに」  彩子は喋るだけでも精一杯といった様子だった。ぱこんと肩を叩かれる。 「気を遣うな。きみたちに気を遣われるのは、悔しいんだ。できればつねに元気な彩子を見せたいよ。なのに、こうやって見舞いにやってくる。きみたちの優しさに涙が出そうだよ、悔し涙がね。わかったら煙草でも吸ってろ」  テーブルにどんっと鉢植えを置いて「三号が生意気なのは彩子のせいだ」とヒツジコがため息をついた。彩子は電気ポットのスイッチを入れてふっと笑う。 「あいつは素直じゃないだけだよ、彩子と同じでね」  そう言って彩子は背中を向けた。 「みんなが来てくれるのは、うれしいよ。ありがとう、元気が出た。いつもみたいにすぐよくなる。あまり、心配するな。別に病気でもないんだから、大丈夫」  彩子はいつも「病気でもないんだ、心配するな」と言う。よくこうやって寝込んでいるのに。彩子はこんな時、いつも切実そうだ。体が言うことを聞いてくれないという様子で、ただ横になっている。どこがどうつらいのか教えてくれたことはない。一度、「どこが悪いの?」としつこく聞いたことがある。彩子は顔を真っ赤にして怒り狂った。時計を投げるだけではなく、殺してやるという勢いで部屋から追い出された。彩子は体がヒツジコ以上に弱く、よく寝込むということと、それについて触れてはならないと学んだだけで、ぼくは彩子が何に苦しんでいるのか、よくわからない。 「ねえ、彩子。今日もはんぺん持ってきたよ。薬飲むなら、その前に食べなよ。胃を痛めるよ」 「……食べるの嫌い」  彩子の呟きにユキノジョウが吹きだした。ヒツジコが鼻を掻いている。ぼくはそれを見ながら「彩子は食べないと。痩せているからよけい倒れる」と言った。 「嫌だよ。彩子はちっこいのがいい。食べたら大きくなっちゃう」 「わがまま」 「わがままでもいい」  お湯が沸いたようだ。彩子は電気ポットからカップに湯を注ぐ。コーヒーの匂いがした。次に紅茶を用意する。自分のカップには砂糖をたくさん入れていた。彩子はあまり食事をとらない。がりがりの体のくせに「ダイエットしてるんだ」と言う。「彩子、胸だけ大きいもの、他は痩せてても。それが嫌なの」と。彩子の胸はそう言うだけはあった。頑張っても減らないのだから、諦めるべきだと、ぼくたちは思っている。 「彩子、大きくなりたくない。大きくなったら、きっと彩子はぱちんって弾けて消えちゃう。みんなといっしょにいられなくなっちゃうよ」  カップを持ってくる彩子はふっと前髪に息を吹きかけた。 「ところで、ヒツジコ。その鉢植えは何?」 「ライラックですよ。春になったら、咲きます。寒い地域の花なので、室内には置かないほうがいいですね」 「花はうれしいが、世話をする身にもなってくれ。あのブーゲンビリア、枯らしたら後味が悪いとひやひやしているんだ」  ブーゲンビリアの鉢を指差して彩子が苦笑した。白い小さな花と、その周りを薄紫の葉っぱが囲んでいる。ちょっと彩子に似ているかもしれない。枯れているようなのに、きれいだ。 「ぼくが世話にし来ましょうか?」 「遠慮する。毎日騒がしくされたらたまらない」 「わたしからはこれ」  ぼくはポッケから煙草を出した。彩子はふうーっと煙を吐いて、「ありがとう。ハイドにはいつも助けられる」と笑った。三人が一息ついているので、ぼくは「はんぺん、温めてくる」と鍋を持って部屋を出た。廊下の突き当たりの部屋が水場に改造されている。そこのコンロで温めていると、三号が顔を出してきた。にゅいっと背伸びをして鍋を覗き込む。 「……塗り壁のミニサイズみたいな奇怪な食べ物ばっか持ってきてさ。先月もこれだったよね」  彩子はこんな時ユキノジョウのはんぺんならば、なんとか食べてくれる。だからユキノジョウもはんぺんしか持ってこないのだ。ぼくは肩をすくめた。他のものも無理に食べさせたが、彩子は遠慮なく吐いた。胃が受け付けないらしい。 「彩子の食べるものは、これしかない」 「バカの一つ覚えっていうんだぜ。同じことしかできないやつって何も学んでないんだよね。本当に食べてほしいならここから広げてやるとかすればいいのに」
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