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 彩子の頬に影がかかると、彩子の印象が少しだけ変わった。すごく優しい顔をしてヒツジコやユキノジョウ、三号を見ている。彩子が元気な時はすっかり忘れてしまうけど、体調が悪い時は、こんな顔に見えることが多い。ぼくたちも、この部屋も、ぜんぶを思い出として噛みしめているような顔をしている。悲しくて優しい雰囲気だ。みんなも自分も、もうここにはいないよって、今はいてもいつかはいなくなるんだよって言っているような。  ぼくは彩子の瞳を見つめた。彩子の瞳は爛々と輝いている。そこだけがいつも生命力に溢れている。何かに反抗するみたいに、幼くて強い光を宿している。彩子は自分はもう死んじゃったような顔をして、瞳だけが生きたいぞって言っているようだ。  歌い終わると、彩子はにこっと笑って三号の頭をくしゃくしゃに撫でた。 「さあ、おやすみ。いい夢の旅を祈っているよ」  三号はこくんと頷くと部屋を出て行った。ユキノジョウはぴゅうっと口笛を吹く。 「彩子ってさ、意外に子供に優しいよね」 「子供にじゃない。不安を一人で解決できないやつには優しくするべきだろう」 「とか言ってさ、二十歳の人が同じこと言ってきたら、同じことしないでしょう」  彩子は苦く笑って「そりゃあね」と頷いた。 「まあ、十二までかな。ああやってあげるのは」 「じゃあ、十三からは?」 「蹴る」  ユキノジョウとヒツジコが同時に笑った。ぼくは冷めかけた鍋をどんっとテーブルに置く。  彩子は割り箸をぱきんと割った。はんぺんを細かくちぎって口元に運ぶ。やっぱりほとんど食べてくれなかった。彩子は笑っているけど、こっそり肘に爪をたてている。ひどく怠そうで、怒っているようでもある。彩子は心を残して、体だけがどこかに行っちゃいそうだ。それを一所懸命、食い止めようとしているみたいだった。 「ていっ」  いきなり彩子がぼくの額を指で弾いてきた。何もかもわかったような顔をして、煙草に火をつける。 「ハイド、そう暗くなるな。彩子たちは使える時間が決まっているんだ。いっしょにいられる間は楽しくやろうじゃないか」  彩子の次の台詞がわかっていたので、ぼくはむっとする準備をした。 「彩子たちは未来は友達じゃないんだからね」
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