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とにかく駅の方に戻ろうと、エンジンをかける。
口数の少ない平野がどうしたいのかよく分からないけど、このまま何も言われないなら、駅で降ろしてやればいいと思っていた。
今夜も熱帯夜で、ファミレスにいた間にすっかり蒸し暑くなっていた車内にエアコンを効かせる。
発進のためにミラーに目をやっていたタイミングで横から平野の手が伸びてきて、ギアを動かそうとしていた左手に絡んだ。白くて細い指が、指先を握る。
「……いこ」
「え?」
「ホテル、行きたい」
「は?」
思わずきつい声が出て振り返ると、視線を逸らして俯く平野がいた。
「お前、意味、分かって言ってんの?」
「分かってる」
「ほんとに?」
「……笹原に、いま、彼女がいなければ」
平野が目をあげて、なにやら切実に真っ直ぐ見つめてくる。
「お願い、一緒に」
俺の左手を掴んでいる平野の指先は白くなるほど力が入っていて、即座には振り払えなかった。
「マジで、言ってんの」
「本気」
はぁ——と、思わず長くため息をついた。ハンドルを叩きつけたいような衝動を抑え込み、ただ、強く握りしめた。
「とりあえず、手、離せ。運転できない」
平野がそろそろと手を引っ込めて、俺はギアを入れ替えて、ゆっくり車を走り出させる。
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