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「ま、待って、いま、解くから」 好きだとか、可愛いとか、そう言って場をつなぐべき場面なんだろうけど、何にも言えなかった。 何も言えないまま、平野の肩を掴んでいた。捕まえておかなければとなぜか、強く思っていた。 帯を抜き取る。 その下には紐が2本ほどあって、もどかしく解いたらようやく浴衣の合わせが緩んだ。 襟元を広げて背中側に左手を回し入れて、ブラのホックを片手でパチンと外す。 「慣れてる」 「うるせぇ」 7年だぞ。 あの時不器用にぶつかった馬鹿な高校生だって、7年もあればいろいろある。経験もする。 こういう、一夜限りっぽい出来事だって、なくはない。 一夜限り…… そうなのか? これはそういう類のものなのか……? だったら別に、いま平野のことを自分がどう思っているか分からなくても、構わないのか。 だけど。 俺、お前のことほんと好きだったんだよ。 その記憶が鮮やかすぎて邪魔をして、ためらいが消えない。 それなのに。 「はやく、脱がして」 平野がそんなことを言うから、またずるずると押し流されていく。 浴衣を腕から外して抜き取り、少しさばいてから軽く畳んでテーブルに置く。 帯も拾ってくるくると巻く。 「なんか、丁寧」 「シワになるだろ」 「笹原って昔から、そういうとこあったよね」 「あ?」 「そういう、気遣ってくれるところ」 「知らねぇよ」 目を戻せば、下着一枚でベッドに転がっている平野がいて、内心大きくため息をつく。 もう、無理だ。止まれない。戻れない。 たとえこれが、一夜限りのことであっても。
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