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『花火大会にいこう』と平野に誘われた時、俺は純粋に嬉しくて、すぐに浮かれた。 『いいよ、行こう』と返事をしながら、平野が浴衣を着てくるか想像したし、手ぐらいつなげるんじゃないかとにやにやした。続くメールで、『恩田くんも誘ってほしい』と書いてあって、あーなんだそういうことかと思った。 『笹原は誰か誘いたい子いる?』と随分と間抜けな質問をされたので、『別に』と返した。 もう何年も前の話だ。でも、鮮明に憶えている。 俺たちの地元は花火が盛んな街で、毎年夏には大小たくさんの花火大会がある。 中でも一番賑わう花火大会は屋台もたくさん出て、地元の子どもはみんな集まってくる。 俺も毎年行っていた。 小さな頃は親と。そのうち友達と。 高校2年の夏、平野と花火に行けるなんて、思ってもみなかったんだけど。 待ち合わせ場所にふらっと現れたのが俺ひとりだとわかっても、平野は何も言わなかった。 平野は紺色に赤い花の浴衣を着ていて、肩まである髪を上げてキラキラした髪留めで留めていた。 あらわになっていたうなじが白くて濃い色の浴衣に映えて、とても綺麗だと思った。 「そろそろ始まるから、行こうぜ」 「うん」 平野の声が、妙に平坦な感じがしたけど、気付かなかったふりをした。 手はつなげなかった。せめて浴衣姿をよく見たいと思ったけど、平野はとぼとぼとついてくるばかりで、たまに振り返ったときにしか見えなかった。
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