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だるい体を持ち上げてずるりと抜け出す。
「わるい、重かったろ」
「あ…んぅっ……」
抜け出る刺激に反応したのかまた小さく声を上げた平野を見る。上気した顔に潤んだ目で見上げてくる。
どうしようもない気持ちになって、平野の頭を両腕で囲い込むようにして長いキスを落とした。
花火大会から雪崩れ込んでしまった俺たちはよく考えたらどろどろで、今更ながらとりあえず交代でシャワーを浴びた。
なかったことには、もうできない。
あのまま二度と会わなければ、そういえば昔そんなことがあったよなと、遠く振り返るだけですんだかもしれないけれど。
もうできない。
この手が、唇が、耳が、目が、彼女を覚えた。
ただの友達だった頃以上の情報を覚えてしまって、もう消えない。
もしもこの夜が何か偶然の巡り合わせのように、儚いだけのものだったらどうしようと、怖くなる。
その痛みに耐えられるのか、怖くなる。
俺はまだ平野が好きなのか
平野は今、俺のことを好きなのか
まだ何も確認しないまま……甘く濃厚な記憶だけが、上書きされて。
そのまま放り出されたら果たして、俺は耐えられるのか。
「いま、なに考えてるの」
べったりとベッドにうつ伏せていた平野が静かな声で聞く。
「とりあえず、夏以外の記憶も、欲しいかなって」
素直に言ったら、平野は綺麗に笑って、しがみついてきた。
「平野は」
「ん?」
「なに考えてる?」
彼女は答えないまま、ぐりぐりと額を俺の胸に押し付ける。
なんか、言って、くれよ……
「俺、さ、今、横浜だよ」
「そう、なんだ」
「結構近いだろう?」
付き合う?と、言おうとして、やめた。
平野がなにもちゃんとは言葉にしてくれなくて、まだ、少し、怖いと思った。
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