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花火が有名な街の一番大きな花火大会には県外からの客も押しかけてくる。混雑を避けながら、川沿いの土手に登った。 観光客は知らない、地元民ばかりが集まる穴場からは、少し遠いけど遮るものもなく、よく見えた。 花火が打ち上がるのは1時間くらい。 暗闇の中、時折明るく照らされる平野の横顔を盗み見ていた。 彼女はずっと真っ直ぐ空を見ていて、一度も目は合わなかった。 ほとんど何も、話さないままで。 終盤、連続して上がる大輪の光の花を目の前にして、独特の非日常感の中、俺はじっと彼女のことを見ていた。たぶん、俺が見ていることには気付いていたのに、平野は一度も振り向かなかった。 花火が終わると、一斉に日常が戻る。続々と帰り始める人並みに飲まれるべく、立ち上がる。 浴衣に下駄の平野が立ち上がりにくそうにしているので手を伸ばしたけど、掴もうとしないので、手首の上あたりを掴んで引き上げた。 「ありがとう」 「ん、帰るか」 並んで歩き出す。微妙な、なんとも言えない微妙な距離を保ちながら。   「恩田は、今日は彼女と行くから、て、言ってたよ」 「恩田くん、彼女、いたんだ」 「全然、別れそうにねぇよ」 「笹原、知ってたんだ」 「そりゃね」 「知ってて教えてくれなかったんだ」 「そうだな」 「ひどくない?」 「どっちが?」 あのとき、振り返った平野の腕を、結構強引に掴んだ記憶がある。 掴んで、引っ張った。よろめいた平野の唇に、唇を押しつけた。 キスというより、ただ、ぶつけたという感じ。 でも俺のファーストキスだった。
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