4 Fin

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だから今日はここで帰る、と、淡々と言ったつもりだったけど、不満げに見えたのだろうか。 笹原は律儀だなぁ、と、彼女は涙目で笑った。 「なぁ平野……」 「……なに?」 「これからは………美織って呼んでいい?」 「いい、けど」 「だから俺のことも……」 名前を呼んでほしい、なんて改まって言うのは思いのほか恥ずかしいのだなと、初めて知った。 そんなこと、今までの彼女に頼んだことなんてないしな。 うっかり言い淀んだのを、あっさりと平野に見透かされる。 平野の首に伸ばしていた俺の腕に、彼女の手がかかる。 「……海吏(かいり)」 「あ………はい」 「て、なんかかっこいい名前だなぁって、昔から思ってた」 はにかんだ彼女に、あっさりと見惚れてしまった。 やっぱり今日は帰るなんて格好つけて言わなければよかったと、軽率に後悔した。 「美織、あの……ありがとう、チャンスをくれて」 「ええ?」 「俺な、お前とまた会えたの、たぶん、お前が思ってるより、ずっと、嬉しいよ」 今日はまだ言えない。 さすがに今日はまだ。 だって嘘っぽくなるし。 だけどきっと俺は、そのうちすぐに、繰り返すようになるのだろう。 「じゃ、またな。また、連絡する」 「うん」 「あのさ、俺、結構、連絡したがりっていうか、そういうタイプ、実は」 「うん」 「会えるときは、できるだけ会いたいし。だけどお前が……」 「うん、大丈夫、そういうの、嬉しいから」 平野が綺麗に笑う。まだ、潤んだような瞳で。 ああほら、な?自分でも驚くほど、彼女はこんなにも鮮やかに目に映る。だから。 隠しておくことなど、きっとできない。
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