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助手席のドアを開け、平野が遠ざかる。
名残惜しく感じる。
またそのうち、すぐに会えるはずなのに。
あの時逃げなければ。
その後、逃げ続けたりしなければ、もしかしてもっとはやく付き合えてたりしたんじゃないかと、今更、後悔を感じたりもするけれど。
でももういいか
もう一度、やり直すことができるなら
バタンとドアが閉まり、一歩下がって、車内を覗き込むようにして彼女が手を振ってくれる。
助手席の窓を下げ、シートベルトをはずして左に身を乗り出す。
「じゃあな、またな。また連絡するから」
「うん、待ってる」
「お前も………俺も待ってるから、連絡して」
平野がまた、どこか痛々しく微笑する。俺は振り切るように窓ガラスを上げて、小さく手を振ってから前を向く。
泣くなよな
俺は少しも、お前を泣かせたくなんかないんだ
シートベルトを締め直し、エンジンをかける。
左手でサイドギアを動かして、ゆっくりアクセルを踏み込む。
まだ好きかどうか分からないなんて、昨日は思ってたはずなのに、ほんとかよ。
そう、必死で思い込んできただけなんじゃないのか?
バックミラーの中には、軽く首を傾げている平野が、小さく写っている。
小さなトランクを引きずって、妙に所在なさげで、今すぐ引き返して、何かから守ってやりたくなる。
今日は言えない、今日はまだ。
だけど。
俺はあっさりと陥落して、近いうちに彼女に言うのだろう。
平野のことが好きだと。
いま、またちゃんと好きだと。
きっと何度も。
甘く甘く。
もう一度、そしてこれから Fin
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