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うちは駅から徒歩15分くらいだ。駅からは耀くん家の方が近い。でも耀くんは自分家に帰らずうちに来るみたいだった。
敬也が僕の方をちらりと見る。
顔に「帰ってくれればいいのに」と書いてある。
まあ、そうだよね。
前に敬也に「耀くんのこと、嫌い?」と訊いたことがある。
敬也は「嫌いじゃねーよ。てゆーか、谷崎先輩は人としては好きだよ」と言った。
「優しいし、カッコいいしさ。碧ん家に馴染めたのも半分くらいは谷崎先輩のおかげもあるし。碧がちょっとリビングからいなくなったりしたら気にかけてくれたし、それに最初っからオレの名前知ってたんだよなー、谷崎先輩」
「そうなの?」と僕が言うと、敬也は「うん」と頷いた。
「碧がオレを初めて家に連れてってくれた日、碧は「友達連れてきたよ」とだけ言って、一旦2階に上がっただろ?たぶん洗濯物入れてたのかな?その時谷崎先輩が「早川くん、敬也くんだっけ?名前呼び捨てはOK?」って訊いてきてびっくりしたんだよ。オレは谷崎先輩を知ってたけどさ、有名人だし。でも先輩の方がオレの名前知ってるとは思わなかったから」
「へえ、そんなことあったんだ」
知らなかった。
「まあ、わざわざ言うほどのことじゃねーなと思ったから言わなかったんだけど。そんなこともあったからしさ、オレは谷崎先輩のことはキライじゃない。でも敵として強すぎるからなー」
そう言って敬也は頭を抱えていた。
途中のコンビニでお菓子とか買って、みんなでぞろぞろとうちへ入っていく。
お隣のおばさんがちょうど庭に出てて「おかえりー」と言った。
うちに子どもが集まるのは、ご近所中みんなにとっても当たり前の光景なんだと思う。
今日はお姉ちゃんの学年は耀くんと華ちゃんと光くんが来てる。僕の方は今のところ敬也だけだけど分かんない。姉と僕、どっちの友達も突然来るのも全然珍しくない。
勝手知ったるの友人たちはリビングで適当に過ごしてもらって、姉と2人でベランダで洗濯物を取り込んでいると、スマホにメッセージが入った。
ーー今日誰いる?
ちかちゃんからだ。
うちに来るみんなでやってるグループメッセージ。「誰いる?」と訊いてくるけれど、本当に聞きたいことはなんとなく分かる。
ーー敬也と光くんと華ちゃんと、あと耀くん
僕がそう送ったら「いるよ」「おつかれ」とかのスタンプがパパッと並んだ。耀くんは「いるよ」とメッセージを入れてる。耀くんは基本スタンプは使わない。
ーーわかったー
ピンク色のうさぎが両手で丸を作ってる「了解」のスタンプが送られてきた。ちかちゃんがゴキゲンな時のスタンプだ。「耀くんがいるよ」の時はたいていこのスタンプが送られてくる。
洗濯物をとりあえず両親の寝室に放り込んで、敬也のいるリビングに行った。
敬也は他の友達と違って中学からの友達だ。だからうちに来ても最初はビビってた。今も今日みたいに自分以外みんな姉の同級生だとちょっとびくびくしてる。
敬也は姉のどこが好きなんだろう。
まあ、見た目は可愛い方なんだろうと思う。全体にコンパクトで、でも目はぱっちりと大きい。小学校の頃、まつ毛に何本爪楊枝が載るか、という遊びをやった時、1番多く載せたのは姉だった。ちなみに2番は僕と耀くんだった。
敬也は姉をちらちら見ながら、今日の授業で出された宿題に取りかかっていた。僕も同じように教科書を出す。
「うちに来たら、まずは宿題をしてから遊ぶこと」という、小学校の時にうちの親が決めたルールは未だに有効だったりする。
それに、ここで今宿題をやることにはメリットもある。
なんせ1コ上の友人たちがいるのだ。分からなくなったら教えてもらえる、たいていは。
受験の時も大変お世話になった。
「ねぇねぇ耀くん、これ…」
さっそく躓いた僕は、隣に座っている耀くんに助けを求めた。
「うん?ああ、これはね…」
耀くんの教え方は丁寧だ。しかも何回訊いても怒らない。心が広い。
お姉ちゃんは3回目で怒る。「ちゃんと覚えなさい」って怒る。まあ、その通りなんだけど。
僕が耀くんに教えてもらっている間に、敬也はどうにか姉に質問をしていた。
マンガなら頭の上に汗マークが飛んでそうな感じで、教科書を指差しながら訊いている。
微笑ましい。
お姉ちゃんも、僕に対してよりは優しく教えている。身内とそれ以外っていう違いがあるのかもしれない。だとしたら、僕に耀くんが丁寧なのは、身内じゃないからなのかな。
いや、でも姉たちにも耀くんは丁寧だ。やっぱり性格なんだろうな。
隣で耀くんが開いている教科書の内容はさっぱり解らない。
一学年上だから、というのもあるけれど、僕たちの高校よりも耀くんの高校はレベルが高い。姉は周囲に心配される中、猛勉強して同じ高校に入った。
僕は、進路面談の時、姉と耀くんの高校を勧められた。
あと少し頑張れば入れるよ、と言われた。
親にも「まとまっててくれると助かる」と言われた。
でも僕は違う高校にした。
もう耀くんと先輩後輩になりたくなかった。
僕の中に、中1の時についた傷はまだ残っている。
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