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「好きな相手のことは目で追うだろう?どうしても。それで…」
前髪をかき上げながら、耀くんは軽いため息をついた。
「桜はちかちゃんを見てて、ちかちゃんは俺を見てて、俺は碧を見てた。他のやつらには、俺は碧を弟みたいに可愛がってるんだろうと思われてるなって、視線で感じてた。でも桜は違った。桜は俺をものすごく冷静な目で見てて「違うよね」って顔をしてた」
耀くんがちらりと僕を見る。
「そんな反応されると、こっちも意識するだろう?だから俺も桜を見るようになって、それで桜の気持ちに気が付いた。お互いはっきりしたことは言わないまま、でも何となく分かって、っていう。俺としては、碧を過剰に可愛がって逆にバレないようにって思ってたけど、桜には完全に見破られてたんだよなあ。ほんと、あいつすごい鋭いから参ったよ」
綺麗な眉を歪めて耀くんが笑いながら言った。
「うん…。そうだね。さっちゃん鋭い」
敬也のことも早いうちから気付いてたし、僕のことも…。
「あいつが味方で良かったよ。でも、桜にしてやれることがあんまりなくて心苦しいんだけど」
そう言いながら、耀くんが僕の肩に腕を回した。
僕は耀くんにもたれかかる。
僕が持っていたコーヒーカップを耀くんが「危ないからね」とローテーブルに置いた。
ずっとこうしていたい。
ずっと耀くんと一緒にいたい。
一昨日思った通り、1日耀くんといたって全然足りない。
そういえば…。
「耀くん、一昨日ね、萌ちゃんに元気ないねって言われて、耀くんがいないから?って訊かれて、それから明明後日には会えるよって言われたんだ。その時はもう、今日耀くんと図書館行くって決まってて。でも言えなかった…」
今日、萌ちゃんはうちに行ったんだろうか。僕がいなくてどう思ったんだろう。
お姉ちゃんはみんなに何て言ったのかな。
「そっか…」
耀くんが僕を抱き寄せる。僕は身体の向きを変えて、耀くんに腕を伸ばした。耀くんは僕の腕を引いて、膝の上に乗るように促した。
ちょっと恥ずかしい。でも。
耀くんの膝を跨いで向き合って座った。上半身をぺたっと耀くんの胸に預けてくっつく。それを耀くんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
どうしようも、どうしたらいいんだろうも、どうでもよくなってしまう。
この腕の中にいられさえすれば、それでいいと思ってしまう。
考えないといけないことはいっぱいあるのに。
…お姉ちゃんのこととか。
「碧、今日は陽菜、何て言ってた?」
「…なんにも。前に、図書館には耀くんと行くって言ってあって、今日図書館行くって言ったらもう口利いてくれなくて」
「そっか…。それもちゃんと考えないとな」
耀くんがそう言いながら、僕を抱きしめる腕に力を込めた。
「でもこうして碧を抱いてると、他のことが全部どうでもよくなってやばい…」
「…うん…」
耀くんも僕とおんなじで嬉しい。
ふと目を向けた窓の外の光の色が、夕方のものに近付いていってる。
昨日まであんなに長かった1日が、今日はどんどん過ぎていく。
時計を見るのが怖い。
「…夏休みの間に、もう1日くらい碧と2人で過ごしたい」
「…うん…」
「ほんとはね、全部がいいけど」
「うん…」
抱きしめ合ったまま、ぽつりぽつりと話している間も、きっと秒針は昨日までの2倍か3倍のスピードで回ってる。
「ねえ耀くん…」
「ん?」
「なんで今日は時計が速く進んじゃうの?」
言っても仕方のないことを言ってる。それぐらい分かってる。
でも言わずにはいられない。
「そうだね、碧」
駄々っ子のようなことを言う僕の頭を、耀くんの大きな手が優しく撫でる。
「時間止めて。耀くん」
「無茶を言うなあ、碧は」
困ったように笑いながら耀くんが言う。
そして、
「ほんとに可愛いなあ、碧は」
と呟いて、しばらく何も言わずただ僕を抱きしめていた。
空がみるみる夕焼けに染まってくる。
僕は耀くんの腕の中でそれを見ながら、すごく綺麗で、そして大嫌いだと思った。
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