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「でもね、陽菜の時は電話はないのよ。私が帰るまで碧と一緒に見ててはくれたけどね。まあ、陽菜は滅多に病気しなかったけどね」
母はピーマンを刻み終えて、フライパンで豚肉を炒め始めた。今夜は青椒肉絲だ。
「…知らなかった…」
「そりゃそうよ、言ってなかったもの」
ジュワジュワと豚肉を炒めながら、さらにお味噌汁を作りつつ母が言う。
僕は再び、ゆっくりときゅうりを切り始めた。
「だからね、冗談のつもりだったけど泊まってもらったの。耀くんに任せておけば、ちゃんと碧を見てくれるだろうと思ったから。思った通り、あんたいつもより早く治ったもんね、風邪」
うつしたら治るって言うじゃん、と言いながらキスをされたのを思い出してしまって俯いた。
夕食に、姉は降りてきたけれど、ほとんど喋らなかった。僕は母の話す今日の出来事に相槌を打った。僕の方は話せることはあまりなかった。
話せないことは、いっぱいあったけど。
「そういえば、今日は碧どこか行ってたの?」
リビングの床に置きっぱなしになっていたトートバッグを見て母が言った。
「あ、うん。図書館行ってた」
「耀ちゃんと2人でね」
姉がボソッと言った。
「あ、そうなんだ。じゃ図書館行ってからうちに来てたの?耀くん」
「違うの。ずっと耀ちゃん家にいて、碧を送って来てたの」
姉はさっきまで喋らなかったのに、そんなことだけは言う。
「そっか。耀くん優しいわねえ」
母がふふっと笑った。
この笑顔は、どう受け取ったらいいんだろう。
僕はどうしたらいいか分からなくて、曖昧に頷いて食事を続けた。
姉が「ごちそうさま」と言って席を立った。
「あたし疲れてるから、あとお願いね、碧」
そう言って姉はさっさと2階に上がってしまった。
「陽菜は碧が耀くんと出かけたから機嫌が悪かったのね」
母が麦茶を飲みながらポツリと言った。僕はつい止まったお箸を無理に動かした。
今日はちょっと色々ありすぎて胸がいっぱいだ。
「…人はね、自分を大事にしてくれてるなと思える人と一緒にいるのが、結局一番幸せなのよね。それが友達でも、…恋人でもね」
麦茶の入ったグラスをじっと見ながら、母が独り言のようにも僕に言っているようにも聞こえる調子で言った。
鼻の奥がツンとして唇を噛んだ。
「向こうは一生懸命なんだろうけど、こっちは全然嬉しくないわよってこともあるしね。そのへんは相性ね」
「…お母さん、それ誰のこと?」
泣きそうなのがバレないように下を向いたまま訊く。
「昔の彼氏」
ペロッと舌を出して母が言った。
「お父さんは?」
一応訊いてみる。
「まあまあね。でも、全部分かってくれる人って、自分の心の中まで見られてるみたいな気分になるんじゃないかって思ったりもするから、まあまあでいいかなって思うわ」
「そう…かもね…」
この前、僕もそんなことを考えた。
僕は全てを晒してもいいと思った。
僕の何もかもを見ても、耀くんは受け止めてくれるって思ったから。
母と夕食の片付けをして、それから部屋へ戻った。
図書館で借りた本を机の上に出していると、コンコンとノックの音がした。
「…碧、入っていい?」
「あ…うん」
お姉ちゃん…
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