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1 いけ好かないライバル
「――って、なーにが『また二位』だっつうの! 悪かったねまた二位で!」
生徒会室。
完全防音になっているその部屋で、わたしは盛大に舌打ちをする。
「『また二位、すごーい』じゃねーんだわ! 腹立つ! わたしは一位になりたいの! 好きで二位じゃないの!」
「ちょっと〜、ももぉ、足、テーブルから下ろしてー」
ケッ! と吐き捨てると、迷惑そうに眉根を寄せた親友の花中璃々菜にそう言われ、わたしはしぶしぶ、マナー悪く談話スペースのガラステーブルに乗っけていた足を下ろす。
まったく〜、と小動物を思わせる可愛らしい声で言うと、璃々菜はわたしが足を乗せていたテーブルに書類を置いていく。
「別にいいじゃん、二位でもぉ。じゅーぶんすごいよ?」
「わたしは嫌なの! 一位じゃないと意味ないの!」
「ワガママだなぁ。……まぁ、一年の時からず〜っっと二位だもんねぇ。悔しいのはわかるけどぉ、もう一位は諦めてもいいんじゃなぁい? 諦め悪い女の子は可愛くないよぉ?」
「やかましいわ!」
こわぁい、と甘ったるい声で言った璃々菜がぴょん、とその場を飛び退く。
なにがこわぁい、だと思いながら、わたしはふん、と鼻で息を吐く。
……我が校の生徒会室は、他の教室に比べ遥かに調度品に優れ、まるで応接間のように整えられている。談話スペースと生徒会の執務を行うスペースは分けられており、広さも生徒会の役員五人だけが使うにしては、とんでもなく広い。
わたしはその談話スペースに置かれている革張りのソファに身を沈め、愚痴を吐き散らかしている最中だった。
「てゆうかぁ、もも、邪魔〜。生徒会役員じゃないのに生徒会室に入り浸って愚痴るんなら、仕事の手伝いくらいしてよぉ」
「嫌。どーせわたしにうまく仕事押し付けて彼氏と帰る気でしょ璃々菜」
「りり、そんなことしないも〜ん」
ぷん、と頬を膨らませてみせる璃々菜。
――身長140センチ台半ば、ふわふわセミロングの焦げ茶の髪、十人中十人が可愛いと評価するアイドル顔。璃々菜は誰がどう見ても愛らしい少女だ。
だが、長年の付き合いであるわたしは知っている。
花中璃々菜という女は、奸佞邪智という四字熟語がぴったり当てはまるような猫かぶり女王だということを!
「猫かぶりに関しては、ももはりりのこと言えないと思うなぁ」
璃々菜は書類を並べながら、わたしの心を読んだように言う。
「それに、りりは言うほどみんなの前で本性隠してる訳じゃないから、猫かぶりじゃないしぃ〜。ただほわほわ可愛い系女子じゃ、学校を牛耳……げふん、こんな役職に就けるわけないでしょお?」
「今学校牛耳るっつった?」
「や〜ん、ももったら、諦めだけじゃなくて耳も悪くなったぁ? りりオススメの耳鼻科紹介してあげよっか?」
むかつく煽り方をしながらぶりっこポーズをとる璃々菜。
……だが、認めるのは非常に不本意ながら、璃々菜の言うことも間違いではない。
わたしは可愛らしい顔に怯えた表情(無論、演技である)を浮かべる親友を睨むように見る。
グーにした両手を持ち上げ、顎に当てるぶりっこポーズをする璃々菜――その右腕にあるのは、『生徒会長』と錦糸の刺繍が入っている、臙脂色の腕章だ。
璃々菜はその容姿だけではなく、高い演説力と力強い公約によって、生徒会選挙で生徒会長をもぎ取った人間だ。さらに、たった半年で掲げた公約を全て実現し、見事有言実行を果たしている――故に、全校生徒が彼女をただの『ほわほわ可愛い系女子』ではないと知っている。
璃々菜は、誰もが認める辣腕生徒会長なのだ(本人は学校牛耳るとか今言ってたけど)。その点『猫かぶり』は成立していないと言えるかもしれない。
「ん? もっと反撃してくると思ったけど、珍しいねぇ。いつもはもっと反論するじゃん、もも」
黙り込んだわたしを見て、璃々菜が不思議そうに目を瞬かせた。
わたしは唇を尖らせ、そっぽを向く。
「……別にっ」
「え〜? 別にって顔じゃないけどぉ? よっぽど今回の敗北がきいたんだねぇ。二年生になって初めてのテストで彼を絶対負かしてやるって、本気だったもんね」
「うっ、うるさいな! そんなんじゃないし……」
嘘だ。
わたしは唇を噛んで俯いた。
めちゃくちゃ、そのつもりだった。
今回は、絶対に勝ってやるって、本気で、本気で勉強したんだ。
クラスのみんなの前では平気な顔で、『二位で嬉しい』『頑張ったからたまたま』とか言ったけど、わたしはあいつに勝つために、多分、みんなの想像する十倍くらいは頑張ったんだ。
なのに――。
「会長、来てるか?」
聞き覚えのある声に、わたしは俯いていた顔をガバッと上げた。そしてギリッと歯を食いしばる。
無駄に艶のある、低めのテノール。
璃々菜が「おっ」と声を漏らし、まだ閉じられたままの扉に向かって手を振る。
「りり、来てるよ〜、司くん!」
「さすが早いな……ん?」
そう言う声とともに、ガラリと生徒会室の扉が開かれる。
……聞き覚えのある声、当然だ。
なぜなら、今まさに生徒会室に入って来んとするこの男こそが。
「なんでお前がここにいるんだよ、藤堂百」
我が校の生徒会副会長にして、不動の学年第一位。
……わたしの絶対負かしてやりたい男、齊森司だ。
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