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――わたしが斎森に対して、初めて敗北感を味わったのはいつだったか。
生徒会室で、駄弁りながらもいつものように璃々菜の手伝いをしつつ、わたしは過去に思いを馳せる。
……いいや、忘れもしない。
一番最初に顔を見た時だ。入学式で、斎森が新入生総代の挨拶をした時。わたしは自信をバキバキに折られたのだ。
『なんでわたしが首席じゃないの……!?』
入学したばかりの時、そうやって散々璃々菜に文句を言っていたような気がする。
うちの学校は私立の進学校。新入生総代は中学入試の首席が務める。
小学生時代から既に、見栄っ張りのケがあったわたしは、それはそれはガリ勉にガリ勉を重ね、新入生総代を目指していたのである。勉強は好きとは言えなくとも得意だったし、何より努力が実る感触も好きだったので、血で血を洗う(?)入試戦争を勝ち抜いた感触があった。
が。
結果は無残であった。
……でも、まあ、それはよかったんだよね。
わたしがあいつに絶対負けたくないと思ったきっかけは、その後にあった。
『うぐぐぐぬう信じられない、あんなに手応えばっちりだったのに、自己採点もめちゃくちゃよかったのに、絶対首席の座はわたしのものだと思ったのに!』
『やだもも〜、吐血しそうな勢い』
小学校時代から仲の良い璃々菜と話しながら、入学式の行われた講堂から出て。
それぞれの教室に戻る時、わたしはバッタリ、斎森に会ったのだ。
……斎森は入学式初日から周りの女子の関心を買ったらしく、視線を一身に集めていた。
わたしとはクラスが違うのでよくわからないが、クラスメイトの男子らしい人と話している斎森の横顔はまるで人形のように整っていて――非常に不本意ではあるが――わたしは思わずどきりとしてしまった。
そして何故か次の瞬間、わたしは反射的に璃々菜を引っ張り、壁の影に隠れた。
『え〜何? なんで隠れるのぉ?』
『い、いや、別に隠れてるわけじゃ』
『隠れてるじゃーん。……ん?』
わたしの視線の先にいる人物を捉えたのか、璃々菜がぱちりと瞬きをした。
『アレ新入生挨拶してた斎森くんだね。早速女子がキラキラした目で見てるぅ。すっごいイケメーン……ま、りりの好みじゃないけどぉ〜』
『そ……そう? それに、男は顔じゃなくて、中身でしょ』
『やだあ、初恋もまだなお子ちゃまももが何か言ってるぅ〜!』
『やかましい!』
璃々菜がにっこりとイイ笑顔を浮かべた。
『気になるんなら話しかけてくればいいじゃ〜ん!』
『ちょっ!?』
どん、と背中を押されて。
次の瞬間には、わたしは斎森とそのクラスメイトの前に飛び出していた。
『あ……』
『……? 君は?』
斎森の視線がわたしを捉える。
怪訝そうな表情を見て、わたしはごくりと唾を飲んだ。
――な、何か言わなきゃ。不審がられてる。
『わ、わたし……隣のクラスの藤堂百、です。新入生総代の挨拶、すごかったね』
『ああ、ありがとう』
ふわ、と齊森が微笑む。
なぜだかその笑顔に違和感を覚えながら、わたしはぐっと拳を握りしめ、斎森をまっすぐ見た。
そして。
『多分だけど、わたし次席で……斎森くんの次の成績だったと思うの。だから今度は、負けないよ!』
……言った。
言ってやった。
高揚と緊張の名残で、心臓の鼓動がとんでもなく速くて大きい。
何を返されるのか。なんて、言われるのか。ライバル宣言をしたみたいなものだ、喧嘩を売ってると思われただろうか。
わたしは期待と少しの恐れを抱きながら、そっと斎森の表情を窺った。
……斎森は。
変わらない微笑みを浮かべていた。
『……そ。頑張って』
投げかけられた言葉に。
わたしは瞬間的に悟った。
――この男は、わたしに期待なんてしていない。恐れも怒りも抱いていない、って。
いきなり初対面の女子におかしな宣言をされて、戸惑っていたとか、気味悪がっていたとかでその態度だったのなら、まだわかる。わたしだって自分の行動はどうかと思うし――全ての元凶は璃々菜だけど。
でも、本当に、心の底から、斎森司はわたしに興味がなかった。王子様然とした振る舞いであしらおうとしたのを、本能で感じ取った。
……いや、わたしだけではない。
こいつはまるで、自分以外の誰にも、興味なんてないんだと。
そう思ったのだ。
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