2 変わりはじめるカンケイ

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2 変わりはじめるカンケイ

……やっぱり、勉強時間、増やした方がいいのかな。 翌日。 朝の教室でわたしは一人、ため息をついた。 ガリ勉なイメージをつけたくなかったから、学校では今まで自習とかしたことなかったけど、それを解禁するべきだろうか。 わたしの必死の努力を、涼しい顔で躱す斎森。 あいつに追いつくためには、なりふり構っている暇なんてないのかもしれない。 でもなあ〜。 「お、おはよう藤堂さん」 「……あ、水城くん。おはよう」 突如声を掛けられ、そちらの方向を見ると、隣の席の水城祐樹くんが登校してきていた。思考に没頭するあまり、隣に人が来ていたことにも気づかなかったらしい。 いつもはクラスメイトの前ではなるべく隙を見せないようにしていたのに、わたしとしたことが……と思いつつ、笑顔で挨拶を返した。 「えーと、珍しいな、藤堂さんがぼーっとしてるなんて。何か悩み事……?」 「ううん。ごめんなさい、心配かけて。ちょっと寝不足なだけなの」 「そ、そっか」 うん、と言ってわたしは水城くんにほほ笑みかける。 ……嘘ではない。寝不足は本当だ。 昨日、生徒会の仕事を手伝ってから、夕方に家に帰宅し、ずーっと勉強し続けていたのだ。 まだ高校二年の7月だ、塾には通ってないけど、そろそろ予備校に行き始めるべきなんだろうか。大学受験というよりテスト勉強に力を入れがちになってるけど、予備校に行って効率的に勉強したほうが効果的だろうか。うーん。 三年生になるまでにやっぱり、テストで勝ちたいんだよね。うちは曲がりなりにも進学校だ、三年生は受験勉強を優先しなきゃいけなくなるだろうから、学校の定期テストに全力になるのが許される(という言い方はちょっと変かもだけど)のは二年生までだろう。 「はあ……」 うちの学校は私立の中高一貫校にありがちな、二期制を取っている。 前期中間テストが終わったので、残りは前期期末、後期中間、後期期末の三回。うち後期期末は三月に行われるから、ほぼ受験生のようなものだ。うちは進学校ではあるが、高校はやや偏差値が下がるので、外部受験をする子もけっこういるのだ――わたしはそのうちの一人。たぶん、齊森もそうだ。 それを考えると、実質チャンスは九月に行われる前期期末テストと十二月に行われる後期中間テストの、たった二回だけ。 ラスト二回のチャンスで、どうやって斎森に打ち勝つか。 それが問題なんだよなぁ〜。 「……やっぱり、なんか悩み事があるんじゃ?」 「え、ああ……ごめんね、ため息なんてついて。ちょっと受験について悩んでて」 水城くんが眉根を寄せて聞いてきたので、嘘とも真実ともつかないことを答える。 彼はへえ、と感心したように声を上げた。 「受験について? さすがだなぁ、まだ俺遊ぶ気マンマンなのに……まあもう二年の夏だし、おかしくはないか」 「水城くんは予備校とか塾とか、通ってるの?」 「ま、まあね。親に言われてムリヤリだけど。俺、あんまり自分じゃ努力できない人だから」 なるほど。 まあわたしも一位への執念と見栄っ張りなこの性格がなければ、努力とかできないだろうし、彼の言うことはわかる。自分の性格がいいと思ったことも、好きだと思ったこともあまりないが、こればかりは見栄っ張り意地っ張りな自分に感謝だ。 「でも、ちゃんと行ってるんだ。すごいね、水城くん」 「い、いやそんな。……あ! あのさ、藤堂さんがよければだけど、俺の行ってる塾、一緒に――」 「あ、おはよう藤堂」 水城くんの言葉に被って聞こえてきたのは、無駄に綺麗なテノール。 わたしは反射的にむっとしそうな顔を精神力で笑顔に変え、顔を上げる。 「……おはよう、斎森くん」 目の前に立っていた斎森が、いつもの王子様スマイルでうん、と頷く。 そしてわたしの席のそばに来ていた水城くんの方を見ると「ああ」と眉尻を下げる。 「ごめん、水城。話し中だったか?」 「あ……斎森。い、いいんだ。大丈夫、気にしないで」 そう言って、水城くんは少し顔を引き攣らせると、こちらに乗り出してきていた身を引いて、近くの友達のところへ行ってしまった。 あー、何か言いかけてたのに。聞き逃しちゃった。 「……ちょっと、斎森。どういうつもり?」 「別に何も?」 小声で文句を言うと、斎森は変わらぬ王子様スマイルのまま、これまた小さく鼻を鳴らした。器用なやつだ。
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