模武たちの平行線

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模武たちの平行線

 オレの名前は、模武鴨(もぶかも)志蓮(しれん)。  この春、ネオジャパン株式会社――通称〝ネオ株〟――に入社したばかりの、ピッチピチの社会人一年生だ。  一ヶ月の全体研修を終え、今は、東京支社 秘書室 秘書課でOJTに励んでいる……けど。  正直、退屈すぎて死にそうだ。 「模武田(もぶだ)さん」 「ん?」 「さっきの資料、グラフ化できたんスけど」 「お、早いな。後で確認するよ、ありがとう」  いつものフォルダに上書き保存しといて、と、言い残し、模武田さんは、またPCモニータとのにらめっこに戻ってしまった。  椅子に座り直し、すっかり冷めたコーヒーを一口啜ってから、オレは今朝作ったばかりの『To DOリスト』を見る。  次にやるのは……ああ、各事務所から上がってきた月次報告資料の集約か。 「やる気しねぇ……」  つい口に出てしまったのも、許してほしい。  この秘書課に来てから、ずっとこんな仕事をさせられているのだ。  PCの向かってばかりの、退屈な仕事ばかりを。 「あの、模武田さん」 「んー?」 「思ったんすけど……このグラフ、要ります?」  管内8事務所から集まってきたデータを、プレゼンソフトにコピペするところまでは良い。  そこからさらに月ごとの数字を拾って、ひとつのデータにまとめなければならないなんて、二度手間中の二度手間じゃないのか。 「うーん……支社長が事務所ごとのデータだけじゃなく、管内全体の動きを見たいって言ってるからな」 「……」 「面倒かもしれないけど、頼むよ」 「はあ……ン、ンンッ」  思わず溢れたため息を、慌てて咳払いで誤魔化した。  一事が万事、これだ。  やれ、支社長の指示だから、だの、やれ、総務部の指示だから、だの。  研修では「自分で考えろ」「行動するのをためらうな」なんて綺麗事ばかりを並べるくせに、いざ現場に出てみれば、求められているのは、機械のように働く駒の存在だけ。  あーあ。  良い会社に入れたと、期待してたのに。  がっかりだ。
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