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自動扉が開く音がしたので振り返ると、入り口にダークグレーのスーツをまとった男の人が立っていた。
反射的に壁にかかった時計を見やると、六時半を少しだけ過ぎたところ。
梅雨の晴れ間に当たった今日は、この時間になっても外はまだ明るい。
「いらっしゃいませ」
引き上げたばかりのグラスを落とさないように丸いトレイを抱えながら、お決まりの挨拶をする。
すると、その人は、忙しなく動かしていた視線を私に固定させた。
正面から見つめ合った彼の顔があまりに整っていて、思わず瞬きしてしまう。
仕事柄いろんな美男美女を見てきたけれど、彼はその中でも特にイケメン度が高い。
「何名様ですか?」
「一人です」
ついでに、声もイケメンだった。
静かな音の波に揺らされ、鼓膜が心地よく震える。
「カウンター席とテーブル席がございますが、どちらがよろしいですか?」
「カウンターでお願いします」
さらに、物腰も柔らかい。
中には私たち店員に横柄な態度をとるお客様もいるけれど、彼は背が高いのに、まったく威圧感を感じさせない。
もちろんスーツ姿が整っているのも理由のひとつだとは思うけれど、きっともともとの人柄が穏やかなのだと思う。
「では、あちらの席をご利用ください」
「ありがとうございます」
八席並んだカウンターの一番奥を示すと、彼はにこりと微笑んだ。
「ありがとう」
おしぼりとお冷やを持っていくと、またお礼を言われる。
別に仕事なのだから会話はなくても気にしないけれど、ありがとうは何度言われても嬉しい。
「ご注文はお決まりですか?」
「クリームソーダひとつください」
えっ。
ここでまさかの、クリームソーダ。
「かしこまりました」
カフェの店員は、接客のプロだ。
もちろん、表情に出したりなんかはしないけれど、予想外のチョイスで驚いたのもまた事実。
厨房に注文を伝えながらこっそり彼を伺うと、スマートフォンに一生懸命なにかを打ち込んでいるのが見えた。
横顔が、なんだかとても楽しそうだ。
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