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ふいに、デスクがガタンと揺れる。
視線をずらすと、斜め向かいで模武米さんが立ち上がっていた。
子育て中の彼女は時短勤務制度を利用しているから、毎日15時半にサクッと退勤していく。
今日は支社長が出張でいないし、そうなると、残されるのは、オレと、係長の模武田さんと、それから、
「室長」
この、神崎室長だ。
「ん?」
「なにもなければ、そろそろ……」
「うん、ないよ、大丈夫。今日もお疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
模武米さんはほんのり頬を染めながら帰り支度を整えると、足早に去って行った。
その残像を見送りながら、オレはもう何度目なのか数えるのも面倒になりつつあるため息を、また吐く。
オレにとっては退屈で退屈で死にそうな職場環境でも、周りの人たちにはここが天国に見えるらしい。
それは、この秘書室に〝神崎室長〟がいるからだ。
入社前の職場見学の時も、同期の女子たちがキャーキャー騒ぎまくっていた。
オレには、この人のどこがそんなに良いのかわからない。
顔が良いのは認めるし、あの東大を首席で卒業したとか、史上最年少で課長に就任したとか、嘘のような本当の話がわんさか出てくるから、エリート中のエリートなのは間違いない。
でもオレにとってはただそういう〝事実〟があるだけで、一緒に働く相手としては普通……というか、むしろつまらない人だと思う。
真面目すぎるし、枠にハマりすぎてるし、働き方が昔からの典型的なサラリーマンのままアップグレードされてなくて、はっきり言って、時代遅れだ。
その分上の人たちに可愛がられているのは間違いないんだろうし、本人はそれで満足してるのかもしれないけど、少なくとも、彼の姿はオレの目指すものではない。
自分で言うのもアレだけど、オレはできる。
将来を見すえ、大学在学中から産学連携プロジェクトに積極的に参加してきた。
三年生の時には、リーダーとして地元で名の知れた和菓子屋とコラボ商品を開発し、新聞の記事になったり、情報番組でも取り上げられたりして、ちょっとした話題にもなった。
採用面接では狙い以上にうまく自己PRできたと思ったし、入社後にやりたいこととして、今後の都市開発について具体的な提案もできていたはずだ。
入社式後の交流会では名乗る前に社長に声をかけられたし、全体研修では、自然とオレがまとめ役になっていた。
オレは、できるのだ。
だから、こんなところにいるべき人材じゃない。
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