続続・模武たちの平行線

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 目の前にいたのは、彼だった。  見覚えのあるダークグレーの四角い背中が、私の目と鼻の先にある。  思わずその輪郭を視線で辿っていると、彼の隣にぴたりと寄り添うもうひとつの背中の存在に気づいた。 「理人(まさと)さん、仕事終わるの待っててくれてありがとうございます。退屈、しませんでした?」 「いや、大丈夫。読んでおきたい本があったから、カフェに行ってたしな」 「仕事の本ですか?」 「うん。今度、その本書いた人の講演聞きにいくことになったから」  楽しそうに弾む言葉のリズムに合わせて、ふたつの背中がくっついたり離れたりする。  なんだか見てはいけない気がして、私は自分のスマホを取り出し、画面に視線を落とした。 「あ、そうだ。佐藤くんに見せたい写真があるんだ」  え。 「写真?」  写真。 「うん。クリームソーダの」  クリームソーダの。  クリームソーダの、写真。 「これこれ。すごいだろ?」 「うわ、すごい」  恐る恐る視線を上げると、近づいたふたつの背中の隙間から、スマホの画面が見えた。  そこに映し出されていたのは、クリームソーダ。  うちの、『ペンギンカフェ』の、あのそびえ立つクリームソーダだ。  ーーちょっと、見せたい人がいて。  そう言った彼の表情は、完全に愛する人を思うそれだった。  ということは、もしかして。 「アイス多くないですか。これって一人分?」  その時、彼じゃない男の左手がキラリと光った。  ああ。  ああ、なるほど。  そういう。  そういうことか。  私はまた勝手に納得し、彼の隣にいる彼に改めて心の中で拍手をーーあれ。 「もしかしてこれ、理人さん、さっき俺を待ってる間に食べたんですか」 「うん」 「一人で?」 「え? うん。そりゃ、一人だったから……」  拍手を送ろうとした心の中の手は、急に漂い始めた不穏な空気に阻まれ、合わさることはなかった。 「佐藤くん……?」 「理人さん……俺、言いましたよね?」 「えっ」 「ご飯の前にデザートは食べるのはメッですよ、って」 「……あ」 「今夜は特に、理人さんがどうしても食べたいって言うから一生懸命煮込んだでっかい肉の入ったビーフシチューだから、って」 「……」 「……」 「い、いや、あの、その、ぜ、全然余裕だから! 余裕で食べられるから! ほ、ほら、そもそもクリームソーダが入るのは別腹だろ!? だから本腹はまだ空っぽ……」 「理人さん」 「ひぇっ!?」 「覚悟、してくださいね……?」  その後、『お仕置き』や『絶対啼かす』や『大人のピー』などの物騒な言葉の嵐に耳をそば立てながら、私は〝一期一会〟に思いを馳せたのだった。  fin
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