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「模武鴨くん」
「……ッ」
しまった。
悶々としていたから、後ろの気配に気づかなかった。
思わずガタッと揺らしてしまった椅子の背に手を添え、神崎室長が「悪い」と苦笑する。
「別に……なんですか?」
「明日、お昼決めてる?」
「いや、特になにも……」
「それなら、一緒に外に食べに出ないか?」
「え、室長とすか?」
オフィス街のど真ん中にあるこのビルの周りには、コンビニだけでなく、昼どきに入れる食事処がたくさんある。
OJT初日には〝歓迎会〟と称して、支社長がみんなと一緒に天ぷら屋に連れ出してくれたし、同期と一緒に、ワンコインで食べられる定食屋とかもけっこう開拓してきた。
でも、室長が自分から誘ってきたのは初めてだ。
「室長! 俺もご一緒して良いですか?」
俺の隣で、模武田さんが勢いよく立ち上がる。
オレは、今度は咳払いで誤魔化したりなんかせず、遠慮無く呆れてみせた。
この人は、いつも室長のご機嫌取りに必死すぎる。
それにきっと、室長もまんざらではないーー
「ごめん、明日はダメ」
……え?
「模武鴨くんと二人がいいんだ」
「そ、そうですかあ……」
撃沈した模武田さんを放ったらかしたまま、室長が俺に意味ありげな視線を送ってきた。
うっわ。
コレ、絶対めんどくさいヤツだ。
オレが若い頃はこんなもんじゃなかったとか、お前は社会を分かってないとか、武勇伝まがいのくだらない説教をぐだぐだ披露して、今のうちに生意気な新人の出鼻をポキッとくじいてやろう……って魂胆なヤツ。
「嫌じゃなければ、だけど」
つい返事を渋っていると、室長の眉毛がハの字に下がった。
いや、そんな顔されたら、
「別に、嫌ではないっす」
って、答えるしかないし。
「よかった。好き嫌いあるか?」
「や、ないっす、けど……」
「じゃあ、俺がお店決めていい?」
「え、あ、はい」
あ、でも、あんまり高いところは困る。
給料日、まだ先だし。
「室長」
「ん?」
「そのランチって、室長の驕りすか?」
「うん、もちろん」
なんだ。
それなら、ステーキとか言っとけばよかった。
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