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怒濤のランチタイムを終え外に出ると、しとしとと雨が降っていた。
「あー、雨だ」
「……すね」
「天気予報通りだな、すごい」
いや、なにが?
また謎のコメントを残し、室長はビニール傘を開いた。
オレもそれに倣うと、雨粒が傘をたたく音がする。
「室長」
「ん?」
「ごちそうさまでした」
「うん」
「で……結局、今日のランチはなんだったんですか」
「え? ガパオライス。若者なら知ってると思ったのに」
「もちろんガパオは知ってますけど、そういうことじゃなくて!」
室長は、アーモンド型の目をぱちぱちと瞬いた。
「オレはてっきり、秘書室業務なんて退屈だし、やりたい仕事じゃないからって毎日惰性で仕事してるのを室長に見抜かれて、ランチの席で『どんな地味な仕事にも、意味と価値があるんだ』とか『社会を舐めるな』とか説教ぶちかまして、粋がってる生意気な新入社員の出鼻をポキッと折ってやろうとか、そういう感じなんだろうと思って……!」
オレの勢いをかわすように上半身を仰け反らせながら、室長はあんぐりと口を開けた。
「お前、自分のことそんな風に思ってたのか」
「……っ」
「残念だけど、ブー。不正解、だ」
室長の顔は、完全にオレをおもしろがっていた。
いつもの真面目すぎる表情よりは百倍良いと思うけど、バカにされてるのがあからさますぎて、それはそれで腹が立つ。
「そ、それなら、なんで模武田さんを連れてこなかったんですか!」
「三人より二人の方が席が取りやすいと思ったし、模武田くんとはこれからもしばらくは一緒に食べる機会があるだろ。でも、模武鴨くんとはOJTが終わったらしばらく会えなくなるから」
「そ、それだけ……?」
「あー、久しぶりにあのゼリーが食べたかったっていう気持ちもあった……と言えば、あった……こともない」
「なんすか、それ……」
体中の熱が、どんどん顔に集まってくるのを感じる。
こんなの、最悪中の最悪だ。
まさか、自分から醜態を晒してしまうなんて。
『してやったり』
『俺が勝者』
『ざまあみやがれ』
きっとそんな表情でこっちを見ているに違いない……と思っていたのに、恐る恐る見上げた室長は、俺の方を見てすらいなかった。
ビニール傘の下にでかい身体をすっぽりと入れ込み、首を仰け反らせて上を見上げている。
「なに、見てるんすか」
「雨」
「は……?」
「ビニール傘っていいよな。空から落ちてくる雨の形が見られる」
「……は?」
いや、だから……
なに言ってんだ、この人。
「今日の雨は、模武鴨くんの瞳と同じ色だ」
つい……とずれた室長の視線が、ふいにオレを包み込んだ。
ドクンッ。
身体の中心が、勝手に跳びはねる。
「目の色、薄いんだな」
「え、あ……ばーちゃんが、ロシア系なんで……」
「ふぅん」
室長は曖昧に鼻を鳴らすと、さっさと歩き出してしまった。
背中を追いかけながら、今にも口から飛び出してきそうになる心臓を、慌てて手で押さえる。
なんだコレ。
だめだ。
意味がわからない。
つまらない男。
退屈な人間。
室長に対する退屈な感情が、仕入れたばかりの新しい情報でどんどん上塗りされていく。
おかしい。
こんなはずじゃ、なかったのに。
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