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「ねぇまだ~?」  ホースを掴んだまま、声のした方に顔を向ける。汐凜は何故か、ここに来る途中で買った缶ジュースを上下左右に振っている。 「早く早く~」 「ごめん、もう少しだから」 「ま、生きてる花は枯らせないもんねぇ」 「うん。それに学校の花だから」  適当に答えて、花壇に戻そうとした航理の視線を、汐凜はわざとらしく細めた目で引き留める。  そして、手を伸ばしてホースにウィンクした。 「はい、どうぞ」 「わーい、どーもねぇ」  サボるわけじゃない、と心の中で言い訳をして、ホースと缶ジュースを交換する。両手で掴むなり、汐凜は楽しそうに身体ごと左右に揺らして動かす。  感情豊かなその顔に、怒りの色が浮かんだところを見たことがない。  航理は、ふと気付いた。目を落として、汐凜が買った缶ジュースを眺める。骨張った指でプルタブを持ち上げて―― 「うわっ」   シュワシュワと溢れ出した泡が飛び散って、航理の大きな手と制服のシャツを汚す。 「あっはっは、何してんのぉー」 「炭酸だと思ってなかったから」 「仕方ないなぁ。ほら、手を出して」  言われた通りに、べたつく手を汐凜に差し出す。ホースの先からよく冷えた水が落ちてくる。  静かに熱が奪われていく。頭がぼーっとして、突然、衝撃が顔を、次いで身体を襲った。  反射的に閉じた瞼を持ち上げると、髪から滴る雫の先で、汐凜がニカッと快活に笑った。 「どう、涼しい?」 「……」 「それとも怒った?」  悪びれることなく、笑顔のまま汐凜は問う。犬のように首を振って水を払い、航理はホースを奪った。 「あはっ、やっぱり怒った?」 「怒ってない」  そう答えながらも躊躇いなくぶつける水を、きゃはは、と笑い声を上げて汐凜は浴びる。 「あー涼しー。航理の真顔も見れたし、良かった良かった」  航理はホースをぎゅっと握り締めて、花壇に戻す。反撃終わりか、と汐凜は楽しそうに呟いた。  空虚な部分に触れる何かは、今この瞬間も蕾のように膨らみ続けている。
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