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4
軽やかな笑い声。バタバタと駆ける足音。それから、生徒指導の怒鳴る声。
きっと捕まらない。口の中で呟いて、サンドイッチに齧り付く。航理の向かいの席で、幼馴染の田村勇介が苦笑いをする。
「よくやるよな、汐凜ちゃんも」
「毎日楽しそうにやってる」
「いや、そうじゃなくてな」
ガタっと音がして、航理が視線を向けると、生徒指導と目が合う。うわ、と呆れるような声が向かいの席から聞こえた。
「入家航理さん。入家汐凜さんに、廊下は走るなと君の方からも伝えてください」
「はい。伝えときます」
「全く、汐凜さんも君のように聞き分けが良い子なら良かったんですけどね」
小言を残して、生徒指導は教室を出ていった。自由人でありながら、汐凜は誰とでも分け隔てなく付き合う。ノリが良く不思議と話も面白いらしく、生徒には人気だ。けれど教師の多くは、不真面目で問題児と捉えているようだった。
「航理も大変だな」
「そうでもない。明鈴も、おかげで前より明るくなった。俺には出来なかった」
それに汐凜のおかげで、三人きょうだいとして成り立っていると思う。
「で、汐凜ちゃんが好きなのか?」
「誰が?」
「お前が」
航理は思わず眉を顰める。好奇心と呆れ、大さじ一程度の心配が交ざったような眼差しから逃れて、大きな一口でサンドイッチに噛みつき、まるごと頬に押し込む。
「汐凜は、俺の妹で姉だ」
噛むと、レタスと胡瓜が音を鳴らしながらからしマヨネーズと味わい良く交ざり合う。
「けど、同い年の男女だろ。それなりに意識するもんじゃないのか」
「男女だからって、簡単に色恋沙汰にするなよ。勇介も、由夏さんと誤解されたら嫌だろ」
「当たり前だろ。血の繋がった姉貴だぞ」
「汐凜はそういう存在。きょうだいだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
食パンの破片を飲み込み、机の脇に置いた缶ジュースに手を伸ばす。
オレンジ味の炭酸ジュース。昼休み早々、朝買って飲まなかったと汐凜が持ってきた。プルタブを押し上げ口に含むと、案の定ぬるい。そのまま喉奥に押しやる。
「なら、航理が変わった原因は何なんだろうな。表面上は愛想よくしてただろ」
「気まぐれだよ」
感情に素直で自由な顔。汐凜がそう言ったからとは、素直な幼馴染には教えない。
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