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「この世の天国だね」
煙を挟んだ向こう側から、大袈裟な言葉が聞こえてきた。
七輪から焼けた肉を連れ出して、タレにつけてから口に運ぶ。歯ごたえが良くて香ばしい。そして、飽きてきた。
「それは良かったね。汐凜が頼んだんだから、ちゃんと残さず食べなよ」
「前から思ってたけど、食べ放題って放題するもんじゃないね」
「汐凜が元を取ろうとし過ぎるだけ」
「そう言って食べるの手伝ってくれるなんて、さすがはお兄ちゃんだねぇ。優しい優しい」
細身の身体、その平らなお腹のどこに空きがあるのか、汐凜は大きく口を開けて焼き肉を頬張る。静かに咀嚼し、火照った頬が上下する。
小食の明鈴の予定に、汐凜のおかげで出来たという、新しい友達と遊ぶ先約が入っていて良かったと心底思う。遊園地ではしゃいだとはいえ、大食いで考えなしの汐凜に巻き込まずに済んだ。
「気持ち悪くて、苦しくなるくらい食べるのって、幸せじゃない?」
食後のデザートのアイスシューの袋をいじりながら、汐凜はよく分からないことを言う。開封したばかりの自分の袋と未開封の汐凜の袋を交換して、航理は僅かに首を傾げる。
「食べることは生きることだと思うんだよね」
「それはそうだね」
航理は適当に答えて、冷気を纏うアイスシューを眺める。指先の熱が奪われていく。
「食べることは、生きている者が味わえる、最高の幸せだと思うの」
「汐凜は簡単に幸せになれるんだ。それは良かった」
「そうだよ。あたしは安上がりな女ですとも」
またも大きな口でアイスシューを齧り付いて、瞬間、汐凜は顔を顰めた。
「つめたっ!」
眉間に皺を作ったまま、冷たいそれを口の中で溶かすと、汐凜は実に愉快そうに笑った。
「いや、冷たいね。おもしろーい」
「学ばない汐凜の方が面白いけど」
途端、汐凜の表情が静止した。少し溶かしたアイスを口に含んだ航理は、その目で疑問を伝える。緩やかに汐凜の唇の端が持ち上がる。
「航理でも、おもしろいとか思ってくれるんだね。良かった、安心した」
当たり前のことをしみじみと言う。航理はテーブルの下で汐凜の足を軽く踏みつけた。汐凜は頬を膨らませて、素足でサンダルなんだけど、と訴える。
誰かを面白いと思う日がくるとは思わなかった。当たり前のことに、航理はおかしくて笑った。
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