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「どーも、入家汐凜になりました。どーぞよろしく~」
胸元まで伸びた、アッシュグレージュの髪。意志が強そうな、大きくてキリっとした目。
入家航理は二、三度瞬きをしてから上体を起こした。
妹の明鈴の声に目を覚ますと、見覚えのない顔が目の前にあった。
「えっと」
「お母さんの再婚相手の……」
明鈴に耳元で囁かれて、航理は寝起きの頭でようやく思い出した。
「入家航理です。これからよろしく」
椅子から立ち上がり、いつも通り口角を上げて、航理は愛想よく手を差し出す。その手に視線を落としたかと思うと、汐凜はぐっと掴んで力強く引っ張った。航理の身体はぐらりと傾いて、よろめく足で踏ん張った。
ほんの目と鼻の先に、汐凜の澄んだ瞳があった。
「ごめん。えっと、どうしたの?」
困惑を見せて、ゆっくり身体を離す。しかし繋いだ手は、汐凜が離さない。
汐凜の細められた目から逃れて、航理はちらと妹を見やる。眉をひそめ困った顔をして、袖を握り締めていた。
「ふふーん、そうか」
航理が視線を戻すと、わざとらしく目を合わせて、汐凜は実におかしそうに笑った。
「君、おもしろいねぇ」
胸の、いつからあるのか分からない空虚な部分が、ひやりとした。
「面白い?」
「ごめん、不快にさせたかな」
「ううん、大丈夫だよ」
あくまで愛想よく答える。ふーん、と面白そうにもつまらなそうにも見える表情をして、汐凜はあっけなく手を離し、航理と髪色の違う明鈴に目を向けた。
「ふふっ、かわいい妹が出来て嬉しい」
「そ、そんな。私の方こそ、汐凜さんみたいな綺麗な姉が出来て、う、嬉しい、です」
「あははっ、可愛いこと言ってくれるねぇ。出来たら、お姉ちゃんって呼んで」
「う、うん」
内気で人見知りな明鈴を撫でて愛でる汐凜を眺めながら、航理はそっと胸に手を当てる。
何をしても満たされたことのない空虚な部分に、冷たいものを感じたことに戸惑っていた。
ふいに、見透かすような視線がぶつかって、さっと手を離す。
「改めて、これからよろしくねぇ」
「うん、よろしく」
上目遣いのその瞳にまた、胸の空虚な部分に何かが触れた。
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