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第一章
――逃げ出すっていうのは、こんなにも嫌な気分になるものなのか。
冬木斗真は軽トラックの助手席の固いシートの上で筋肉質な体を揺られながら、暗澹たる思いでいた。車窓に向けられた視線の向こうには緑豊かな山々が織りなす長閑な夏景色が広がっているのだが、斗真の虚ろな瞳は何もとらえていない。
十七歳にしては鋭すぎる目の奥では、闇に沈む過去の出来事がスポットライトのように途切れ途切れに照らし出されていた。夢の中まで追って来て斗真を追い詰めるそれらの光景は、まるで自動再生の動画のようだ。その度に熱湯のような怒りが胸の奥を焼く。
「……というわけで、東京よりちょっと不便だけど、この村は良いところだよ。斗真もきっとすごく気に入っちゃうと思う。暮らしているだけで、心が癒されちゃうような自然がいっぱいの田舎だし、何と言っても村の人たちが皆親切で良い人ばかりだから。それに、不便とは言っても、ラッキーなことに学校は歩いて行ける距離にあるしね。ちょっとぐらい寝坊しても全然心配いらない……って聞いてる? 斗真?」
さっきからずっと無言の斗真に、明るく話しかけていた叔母の友崎麻里が若干苛立ったような声を出す。麻里は斗真の母親の年の離れた妹で、まだ二十八歳だ。元々は東京に住んでいて、幼い頃は斗真もよく遊んでもらった。しかし、中学生になった頃からはたまにしか顔を合わせていなかったし、三年前の結婚を機に夫の伸吾の実家のあるこの玉原村に引っ越して東京を離れていた。
今日から斗真は麻里と伸吾の元で暮らすことになっている。美人でサバサバとした明るい性格の麻里のことを斗真は嫌いじゃなかったが、今は誰とも話したい気分ではない。
「悪いけど、少し黙っててくんねーかな?」
「あんたねぇ! 誰がトラック借りてわざわざ東京まで迎えに行ってあげたと思ってんの? しかも、引っ越しの手伝いまでして上げたんだよ! よくそんな口が利けるなぁ!」
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