36人が本棚に入れています
本棚に追加
斗真の無愛想な声に、麻里はショートカットの髪を揺らして運転中にも関わらず、斗真をにらみつけた。
「信号赤だぞ」
「余計なお世話よ!」
山道の傾斜のついた赤信号の前で麻里はブレーキを踏むと再びにらみつけて来る。斗真もふてぶてしい視線を返した。
「いい加減にしなさいよ! 斗真が辛い思いをしたのはわかる。でも、いつまで被害者面してるつもり? そんな態度じゃ、この村でもうまくやっていけないわよ! ここに来たのは再スタートを切るためでしょ? だったら、過去はもう忘れなさい!」
「……そんな簡単に行くかよ」
斗真の呟くような声に、麻里は顔をしかめて何か言いかけた。しかし次の瞬間、麻里の視線が不意にフロントガラスの向こうに逸れる。その眉間に更に深いしわが寄るのを見て、何かあったのか? と斗真もガラス越しの光景に目を向けた。
『玉原村役場』と看板が出ている建物のそばの歩道で、一人の痩せた老婆が体格の良い若者四人に絡まれていた。一応スーツ姿だが、どう見ても中身はチンピラだ。無言で俯いている老婆を、マスクもせずに嘲り罵る下卑た声が窓を閉め切った車内まで聞こえて来る。田舎だから人通りは少ないが、それでも他に歩行者が皆無というわけではない。だが、通行人は誰も老婆を助けようとはしなかった。
「村の人たちは皆親切で良い人ばかりじゃなかったのか?」
斗真が皮肉ると、麻里はムッとした顔になる。
「東京だって色々あるでしょ! 村には村の事情があるのよ! ちょっと待ってなさい!」
「まさか助けるつもりじゃねえよな?」
麻里は軽トラックを道路わきに停車させると、シートベルトを外しながら答える。
「しょうがないでしょ! 見てらんないわ!」
「ちょっと待てよ。相手は男四人だぞ。しかも、どう見てもケンカの素人じゃない。麻里姉ちゃんが止められるわけねーだろ?」
「だからって放ってもおけないでしょ!」
麻里がシートベルトを外し終えて、ドアに手をかける。
「おい! マジでやめろって! 危ねーよ!」
斗真が助手席から、麻里の肩をつかんだとき、車の外から澄んだ声が響き渡った。
「やめて下さい!」
最初のコメントを投稿しよう!