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麻里は村役場で働いている。たぶん、この問題に寄せられる苦情も、毎日耳にしているに違いない。そのことを思い出したのか、ハンドルを握りながら深々とため息をついた。
斗真は不愉快そうに鼻を鳴らす。
過疎化が進んでいるくらいだから、村の他の場所に店を構えることも、住むことも十分可能なはずだ。つまり、立ち退かない理由は『村を出て行きたくないから』ではない。他の村人たちの予想通り金か嫌がらせかのどっちかだ、と冷めた目をして思った。
――最低のクソババアのために体を張らなくて良かったぜ。あのチンピラ達もワルには違いねーが、あのババアも相当根性がねじ曲がってやがる。
「婆さんを助けたのは誰なんだ?」
「滝川さんっていうイーストヘッドの社員。うちの村の工場誘致の窓口になっていて元銀行員だって……」
「いや。そっちじゃなくて、女の方」
すると、麻里の顔にニヤリとした笑みが浮かんだ。
「やっぱ気になる? 朝比ひなたちゃん。可愛い子でしょ? 斗真と同じ高校の同い年だよ」
斗真はやや気色ばんだ。
「そんなんじゃねーよ。ただスゲーバカな奴がいるんだなって思ってさ」
「そうかな? バカかなぁ?」
「絶対バカだろ! そんな嫌なババア助けるために危ない目に合ってどうすんだよ?」
「でも、私はこの村にひなたちゃんがいてくれて嬉しいけどな」
「……バカな奴見ていると優越覚えられるからか?」
「斗真! 本気で怒るよ!」
斗真は舌打ちして、窓の外に視線を逸らした。先ほど騒ぎがあったところが、村役場のそばだから、その辺りが村の中心街だったのだろう。車は濃い緑の山中へと入って行く。
「あいつ絶対その内痛い目見るぜ。せいぜい後悔して泣けばいいさ」
すると、麻里がきっぱりとした口調の声を返した。
「ひなたちゃんはきっと痛い目を見たとしても、後悔しないと思う。すごく怖がりだから、泣くかもしれないけど」
「はあ? あいつ、ビビりなのに、あんな危ないことやってんのか?」
てっきり正義感と気だけは強い少女なのかと思っていた斗真がやや驚くと、麻里は困ったように笑った。
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