第一章

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「斗真がひなたちゃんを理解できないのは無理もないよ。私もこの村に来て彼女と会った時、ちょっと驚いたから。でも、ひなたちゃんを見ていると、『本当の優しさって何なのかな?』って考えさせられる」 「力のない優しさなんて有害なだけだろ。何の問題も解決しない、ただの安い同情じゃねーか」 「確かにそうだね。でも、そのただの安い同情だけが最後は人を救うんじゃないかって、ひなたちゃんに思わされる事が何度かあったんだ。さあ、着いたよ」  麻里はブレーキを踏んでなだらかな山道の途中にある、二階建ての古びた住宅の前に軽トラックを止めた。斗真が車のドアを開けると、山に響く蝉の音をしのぐほどに川が流れる音が周囲にあふれていた。よく見ると、家は急な崖にへばりつくように建てられ、谷底からの何本もの支柱で支えられている。視線を遥か下に向けると、飛沫を上げて渓流が駆け下っていた。  玉原村に訪れるのが初めての斗真にとって、友崎家に来るのももちろん初めてだった。  ――こんな不安定な建築で、地震のとき大丈夫なのかよ?  斗真は驚いたが、その内心を読み取ったように麻里がニヤッと笑って声を掛けて来る。 「そんなに不安がらなくても大丈夫だよ。この辺ではよくある建て方だし、地震で崩れた家も最近はないみたいだから」 「……『最近は』って何だよ。クソっ!」  斗真は不平を言いながら、麻里に続いて、夫の伸吾に挨拶するために友崎家の門をくぐった。伸吾が家にいるのは、今日が日曜だからというわけではなく、勤務日ではないからだ。伸吾は村で唯一の公共交通機関であるコミュニティバスの運転手をしていて、土日でも出勤していることが珍しくない。
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