36人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、今、斗真は伸吾の世話になる身だ。いくら不本意でも下手に出なければならない立場なのはわかっている。ニコニコ微笑んでいる伸吾と共通の話題が見つからず、斗真はテーブルの上に置かれている観葉植物に目をやった。
花が咲いているわけでもない、ただの葉っぱだけの鉢植えだ。男のくせに植物なんか育てて何が楽しいのか全くわからなかったが、斗真はとりあえず話の接ぎ穂にすることにした。
「……それ、その内花とか咲くんですか?」
伸吾はメガネの奥でいつも細めている目を少し大きくしてから、嬉しそうに答える。
「いやあ。花は咲かないんだけど、世話するのが楽しくてね。斗真君も一緒にやるかい?」
「あ、いえ、俺はイイっス……。じゃあ、葉の色が変わるとか?」
「いや? 一年中緑のままだけど?」
そう不思議そうな顔をする伸吾に、会ってからまだ五分もたっていないというのに斗真はイライラし始めた。
――こいつマジで腑抜けなだけなのか? どっか見どころないのかよ!? こんな気分で一緒に今日から暮らさなきゃならないのか?
斗真はげんなりと途方に暮れそうになる。それで、少しためらったが、思い切って前々から疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「……伸吾さん。何で銀行辞めちゃったんですか? エリート社員だったって聞いたんですけど?」
すると、伸吾はキョトンとした顔をしてから、ニコっと頭を掻いた。
「さあ、何でだったかなぁ? もう忘れちゃったよ。きっとこの村でバスの運転手をしているのが楽し過ぎるせいだね」
……マジで腑抜けだった。
斗真は思わずため息をついた。すると、今度は伸吾の方が微笑んだまま尋ねる。
「斗真君はもう剣道やらないの?」
斗真は反射的に鋭い眼差しで伸吾をにらみつけてしまった。しかし、伸吾はニコニコとした笑顔を崩さず、逆にじっと細めた目で見つめ返して来る。それで、自分が場違いな態度を取っているような気分になり、斗真は慌てて視線を逸らした。
「……もう剣道は二度とやらねえ……です」
どうしても声と表情に濃い闇がにじむのが自分でもわかっているだけに、伸吾の反応を斗真は思わずうかがう。
最初のコメントを投稿しよう!