プロトタイプ

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「アンナぁ、この問題の解き方教えてくれない?次の授業数学じゃん?やばい」 「あ、オレ5問目ー」 「順番ね。明日香から」 そう返すと、一番乗りの明日香がよっしゃとガッツポーズを決めて「おねがいしまーす」と端末を差し出してくる。二番目に頼んできた坂田くんは「出遅れたハァン、昼休み終わっちまうよ」と情けない声を出して頭を抱えたが、すぐに他の男子と購買に行ってしまった。さっきお弁当を食べていたのに、追加でパンを買うらしい。 明日香は、私がこの学校に来てすぐにできた友達だった。軽いノリで誰の懐にも潜り込む人で、突然このクラスにやってきた私の様子を誰もが慎重に伺う中、彼女は驚くべき早さで距離を詰めてきた。人間関係構築の参考にはちょっと⸺しづらい早さで。 「アンナはいいなぁ。めっちゃ勉強できて羨ましいわぁ。暗記も得意すぎじゃん、脳の容量分けてよー」 明日香は私の隣の席で、椅子に横向きに腰掛けて足をジタバタさせた。 「ははは。私だって、苦手なことはたくさんあるよ」 「たとえばどんなのが苦手なのさ?」 私は少し考えた。実際、苦手なことはたくさんある。 「うーん、出くわしたことのない場面に遭遇するとフリーズしたり、人間関係の築き方がよくわからなかったり。そこは明日香得意でしょ?」 「まあね。きみも悩むもんなんだねぇ……でもさぁ、きみ勝ち組じゃん?アンナ」 「勝ち組?」 意味を捉えかねて聞き返すと、明日香は意味ありげな笑みを浮かべ、椅子の背もたれに片肘を乗せて頬杖をつき、私を見た。 「可愛い子はそれだけで周りに人が集まんのよ。考えてもみなよ、五月からだから……」彼女は私がこの教室で過ごした月を指折り数える。「十一、十二、一!もう八ヶ月?もうみーんなと仲良くできてんじゃん。ふつー無理だって。まあうちも美人だから人寄ってくるんだけどね、花に蜜蜂がたかるみたいに」 「……」 「ツッコめよー」 お世辞というものは覚えたが、今みたいな自虐ネタに突っ込むのが一番難しい。 「あ、そういえばさ」 どうツッコめば、と尋ねる前に、明日香がもう喋り始める。 「アンナのお姉ちゃん、三年のクラスにいるんでしょ?きみがお姉ちゃんと一緒に帰るとこちらっと見かけたけど、お姉ちゃんも美人じゃん」 「うん」 「仲良いの?喧嘩とかする?」 「仲良いよ。喧嘩したことないなぁ」 「まぁじ!?」異世界の文化でも知ったかのような勢いで、明日香が食いついた。「うちじゃ、妹と雑誌とかテレビのチャンネル権取り合うたびに大戦争になるってのに!?」 「お姉ちゃん美人だし、勉強とか、人とどうやって関わればいいかとか教えてくれるし、ニコニコしてて優しいし」明日香の端末の上でタッチペンを走らせながら、お姉ちゃんのことを考える。「完璧で素敵だから、喧嘩しようって気にならないかなぁ。それにお姉ちゃんも私も、もともと全然怒らないし」 「仏かよー、私も心に仏飼うかー」 なるほど、そういうツッコミ方があるのか。頭の中に書き込みながら、一方、手元の端末を明日香に向ける。 「はいできた」 「うおっ、私と喋りながら解いたの?やば、やっぱ脳交換して」 「むーり。解説するからちゃんと聞いてよ」 「はーい」 明日香がいたずらっ子みたいにニカッと笑う。誰もが認める美人……とは言えないかもしれないが、彼女のこの人懐っこい笑い方が人を惹きつけるのだろう。 昼休みは残り十五分。私は順序を踏んで、明日香に数学の問題の解説をしていった。 5限と6限が終わったら、またお姉ちゃんに会えるな、と思いながら。
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