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校舎を出た頃には、もう16時半を過ぎていた。
吹奏楽部の奏でる管楽器の音、運動部の走り込みの掛け声、軽音部のベース。夕日が射す頃の時間帯の校舎は少々カオスだ。
「ごめん!遅くなっちゃった」
ローファーをつっかけて、生徒昇降口の前で微動だにせず立っていたお姉ちゃんに駆け寄る。
「みんなから生物学と化学の質問攻めにされてたの」
「アンナ、靴履き直さないと危ないわよ。私は大丈夫だから、ちゃんと履いて」
「はーい」
私はいたずらっ子みたいにニカッと笑ってから、人差し指を足と靴のかかとに差し込んで履き直す。
「なぁに、見ない笑い方して。今日も新しい"発見"があったの?」
かがんでいる私の頭の上から、からかうようなお姉ちゃんの声が降ってくる。
「そう。明日香の笑い方真似してみた。あ、なんか私とお姉ちゃんが喧嘩したことないって言ったら、私も心に仏を飼わなきゃーとかなんとか」
「なぁにそれ、私にはさっぱりだけど」お姉ちゃんは微笑んだ。「学校生活、うまくいっているのね」
「うん!」
靴を履き終えてスキップするように歩き出すと、お姉ちゃんの足音も並ぶ。その落ち着いた靴音に、私も慌てて自分の足元も落ち着かせた。
さあ、ここから25分歩けば、お母さんの待つ我が家だ。
「休み時間とか放課後は、みんな話しかけてくれるし」
「そう」
「だいたい明日香がずっと喋ってるんだけどね」
「そうなの」
「でも、みんなとちゃんと話せるのも、お姉ちゃんが勉強とか教えてくれるおかげ。ありがとね」
「ふふ。どういたしまして」
お姉ちゃんのシンプルで柔らかな相槌に、今度は私から質問を切り返すことにする。
自分ばかり話さないで、相手にも自然に語りのバトンを渡しなさい。お姉ちゃんの教えだ。
「お姉ちゃんは?学校どう?」
「そうねぇ……」
今にも沈まんとする西日が眩しいのか、それとも思うところがあるのか。お姉ちゃんは眉をしかめていた。
「3年生は大学受験があるから、みんなピリピリしてる。推薦で合格した人は他にやりたいことがあるのでしょうね、来ない人も多いわ」
「え、来ないの?学校に?」
「ここはかなり自由な校風でしょう?生徒が自主的にやりたいことはやらせる。私達がこうやって学校に入れてもらえたのも、この校風のおかげよ」
「まあ……中途半端な時期だったのに、入れてくれたよね」
お姉ちゃんは何かを言いかけて口を開いたが、後ろからやってきたトラックの音で遮られると思ったのだろうか、そのまま口を閉じてしまった。
片側一車線の道路を何台かの車が通り過ぎていく数十秒の間の沈黙の後、お姉ちゃんは再び口を開いた。
「そんな感じで、三年生にはあまりゆっくり雑談できる人もいないのよ。二年生もそろそろ受験を控えて緊張し始めて、知らない人を簡単に受け入れてくれるほど心の余裕がないと思う。私もアンナのいる一年生のクラスに入りたかった」
「もー、できるわけ無いでしょそんなの!」前から車が来るのが見えたので、声量を少し上げて続けた。「お姉ちゃん、頭良いから留年なんて誰も信じないし、ましてや修了した前の学年に戻るなん⸺」
私の瞳はそれに釘付けになった。
前から来る車。
スピードが変だ。
こっちにくる。
車線を外れて⸺
「アンナ!!」
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