吉田秋生

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吉田秋生

 古本屋での思わぬ出会いというのは誰しも経験したことがあると思いますが、僕の場合、一番最初に思い出されるのが漫画家の吉田秋生(よしだあきみ)の作品でした。  あれは高校生くらいの頃かな、文庫サイズの『夢みる頃をすぎても』を、何気なく手にしました。タイトルも装丁もすごく良くて、当時は知らない作家だったけど、すぐに魅了されて、迷いなく購入。  '70~'80年代を舞台に、大学受験のプレッシャーの中で進学校から三流校へと転校することとなった悩める男子を主人公に据え、個性的な登場人物たちがそれぞれの悩みを抱えながら織りなす青春群像劇――って、言葉にするとすごく安っぽいのですが。  この作家の「人の捉え方」「世界の描き方」が秀逸なんです。それぞれの心の裡を、少しずつ、丁寧に、光を当てていく。  他方では、照らさないほうがいい闇の存在もまた認める。やまないほうがいい雨、消えないほうがいい影、それはこの人の作品すべてに共通する優しさのようなものでもあります。  それで次に『カリフォルニア物語』を読みました。これは舞台がアメリカと雰囲気もまるで変わりますが、まるで1本の映画を見るような、その世界にどっぷりと浸かれる作品です。  僕が群像劇を好きになった要因のひとつでもあり、ある作品のキャラクターが別の作品に登場したりと、「同じ世界の中」というスピンオフ感がまた、ファンの心をくすぐったりしますね。  吉田秋生の作品で一般的に有名なのは、アニメ化された『BANANA FISH』と、映画化された『海街Diary』でしょうか。前者はそこらへんのハリウッド映画なんて軽く超えてしまった最高のエンターテイメントで、この人の最高傑作だと思います。後者は鎌倉を舞台にした温かいヒューマンドラマ。  他にも『河よりも長くゆるやかに』はやや男子目線の青春もの、『きつねのよめいり』は心に沁み入る叙情的なファンタジー。『吉祥天女』はサスペンスホラーでしょうか、人の心の、怖すぎる部分でした。海街Diaryの前身作ともいえる『ラヴァーズ・キス』では、愛のいろんな形を、人の心に吹き荒れる(テンペスト)として描いて見せる。  どれだけ幅広く描ける人なんだろうと、頭の中を覗いてみたくなります。でもきっと、どの作品でも根底には同じものが流れているのでしょう。  人を描く際に、男・女を対比させるような形が多くみられ、今の人が読むと少し古臭く感じると思いますが、それはそれとして、こういった描写もまたこの人のうまさの一つだと思います。  僕としては、『櫻の園』がオススメです。2回映画化もされて、そのどちらも原作とは大きく展開が異なりますが、世界観は生きていて、思いのほか良かったです。  これはある女子校の物語。  毎年創立記念日にチェーホフの「櫻の園」を演じるのが伝統の演劇部で、もうすぐ本番を控えた4人の主人公が、それぞれの日常を生きます。オムニバス形式で、4つの物語になっている。  「花冷え」「花紅」「花酔い」「花嵐」  その中の主人公の一人、高身長と男っぽさをコンプレックスに持つ女の子の話の中で、その子が、寝っ転がって呟くセリフがあります。    「好きな人と結婚したいなぁ…」   これは好きなシーンでした。もしこのセリフが「好きな人とずっと一緒にいたいなぁ」でも「いつか結婚したいなぁ」でもダメだったと思うんです。この、ちょうどいいくらいの、憧憬とリアリティのバランス。好きな1コマです。    ウィキペディアで調べると、1956年生まれ、ムサビ出身で、1977年デビューだそうです。今でも活躍されているのに、もうそんな年齢なんだなあと、別の意味でも驚きますが。  今では自分の細胞レベルで記録されたんじゃないかと思うほど影響を受けたし、一番憧れる作家さんです。
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