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それには生まれつき感覚というものがなかった
皮膚は重ることを知らず
耳孔は振えを知らず
鼻腔は馨ることを知らず
眸は闇すらも知らず
その舌は毒も桃も等しく食うに能わない
五つは言うに及ばず、身体感覚すらも杳として知らない
どこに腕があるのか足があるのか頭があるのか
そもそも腕とは何か足とは何か それに考える脳はあれど知る術はない
それに在るのは「痛み」と、その量としての多寡、質としての差異ばかり
『ちくり』『ぶすっ』『じゅわっ』『どすっ』『しゃっ』『ざくっ』
『痛み』は何度も何度も何度も何度も 異なる貌でそれを穿孔く
やがて「用をなさない」形骸は完全に途絶した
それは『痛み』という感覚をより研ぎ澄ませていった
それの存ぜぬまま
それの極極原初的な意思あるいは意識あるいは自我など歯牙にもかけずに
世界を知り得ないそれが、世界と応答する伝手は――セカイとは すなわち『痛み』そのものに他ならない
それには刻の流れなどわからない
わからずともその肉塊は時時刻刻と唯一の生命線を薄く細く研ぎ澄ませていく
いつしかそれは、それ自身のものではない、それが感じているのではない、異なる痛みを知る
刻を知らぬのと同じように 間隔――間隔――も知らない
それでもそれは痛みの薄さ濃さで彼我を別けた
「他者」という存在を知りもしないままに
「他者」であるということも知らないまま
「他者」は『痛み』であると知った
それは己の『痛み』をほかの『痛み』へ伝播させるすべを知った
双方向性とは名ばかりの 一方的に受け取り一方的に与えるすべを
反射や反応の類でこそあれ、意思疎通などと言える代物ではなかった
『痛み』はそれにおとずれなくなった
いつまで経ってもどれだけ待ってもそれに『痛み』はやってこない
無にも等しい、永劫とも思える痛みのないその時間の中、未だかつてない、痛み以外のものがそれに去来する
原初の感情の一つ 世界に対する応答の一つ
それが「恐怖」と知らぬまま それは「恐怖」を獲する
生存本能はそれをより『痛み』へ先鋭化させる
それは痛みを自ら生み出しはじめた
もはや世界の助けなど不要 痛みはいつだろうとそれ自身の裡から造りだせる
『痛み』を再びその身に取り戻し、それは『痛み』へセカイを分け与える
世界で最も不器用なコミュニケーションの形態として
数多無数の他者へ振り撒かれた痛みは 同じ分だけそれにも翻る
水面に落ちた滴のように
これこそが世界なのだと その瞬間にそれは理解する 法悦にも似た歓喜の衝動を
その興奮を誰かに伝えることは永遠に来ることはなく
そうであるがゆえに その感情は分かち合われることなくそれの中で際限なく溜め込まれながら 痛みを造る原動力となり『痛み』と通じる手指となる
やがてそれの『痛み』は星を覆いつくす
同種に止まらず 動物に止まらず 植物に止まらず いつかは生き物に止まらない
それは夢見る 空を突き抜け星を飛び出し播種されていくことを
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