月の匂い

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月の匂い

 ……またあの夜の事を夢に見ていた。 (夏菜に会いたい……)  そう思った途端、涙が零れた。  そう、夏菜はいない。何度この家に来てももう会うことは出来ない。なぜなら……。  夏菜はぼくが高3の時に亡くなった。  死なんてものはおじいさんやおばあさんに関わりのあるものだと思っていた。  高3の春、夏菜が入院した時、すぐに良くなると思っていた。お見舞いに行った時も笑顔だった。  だが、夏菜はあっさりと逝ってしまった。  一生分の涙が流れた。    あれから7年。  明日は夏菜の七回忌だった。    ぼくはすっかり大人になった。  だけど、夏菜と過ごしたあの甘美な時を思い出す度、ぼくはいつも少年に戻る。 (あの時のポーカー、わざと負けたの…? ぼくがネックレスを欲しがったから)  そんな事さえ夏菜ならあり得た。  夏菜は間違いなくぼくの憧れの女性だった。  優しくて、愛嬌があって、きれいだった。  もしも、ぼくたちに別の運命があったなら、今頃どんな人生だったのだろう。  眠れなくなり、浜辺に下りる。  目の前に月夜の海が広がっている。  静かな波、擦れ合う砂。瞬く星も浜辺の家も、何もかも変わらないのに、あの人はもういない。  ぼくはポケットの中でさっき拾った貝殻を握りしめた。 (月の匂いよ……)  なぜ大事なものはこんなにも失いやすいのだろう。  足元に押し寄せる無数のきらめきの中で、静かに夏が終わろうとしていた。
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