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従姉
砂浜で白い貝殻を拾った。大きな二枚貝の片方。ざらっとした表面の石灰質が、月明かりの中で蛍光色に浮かんでいた。
坂の上に従姉の家があった。
夏菜。ひとつ年上の彼女は、ぼくにとって特別な存在だった。
小さい頃、夏休みはいつもこの浜辺で過ごした。従姉の家は母親の実家。毎年ここに来るのが楽しみだった。
海で遊ぶのは本当に楽しかったし、もちろんそこに夏菜もいた。
その浜辺に久しぶりにやってきた。
だが、夏菜には会えなかった。
お盆前まで賑やかだっただろう海は、今ただの広い砂浜となっていた。
風は少し変わったように思う。あの亜熱帯のような鮮やかな青空は、もう南の海へ帰ってしまった。今は代りに薄く長い雲が、歩くようにゆっくりと月の前を流れている。
従姉の家へと坂道を上った。
母は昼のうちにやって来ていた。
「仕事、遅くまで大変ね」
「いえ、今日は特別です」
叔母さんに労われながらぼくは遅い夕飯をよばれた。
「ごちそうさまでした」
泊めてもらう2階の部屋に上がり一人転がった。
(懐かしいな、この部屋……)
天井の照明が暖色系で気持ちが和む。
ぼくはポケットの中からさっき拾った貝殻を取り出した。
すっと鼻に近づけてみる。
「月の匂いよ」
ふっと夏菜の懐かしい声が聞こえたような気がした。
そう、あれはいつの夏だったか。浜辺で花火をした時も、これと同じ貝を見つけて夏菜と匂いの話になった。
「その貝、不思議といい匂いがするでしょう?」
「うん。いい匂いがする。でも、なんで?」
「わかんないけど、いつも何故か月夜にこの貝を見つけるのよね。だから、私はこの貝のこと『月の匂い』って呼んでるんだ」
「へえ。いい名前だね」
懐かしい記憶に蓋をするように、貝殻を鼻に近づけ、ぼくはそのまま目を閉じた……。
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