恋のランニング 〜ザ・ファースト・テイク〜

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 ひと月ぐらい経った後、森君がまたうちのクリニックに来た。  アベベのポスターをチラッとみた。 「阿部先生はアベベファンなんですか?」 「ダジャレが好きでね。名前は美吉良って言うんだよ」 「そんなダジャレ、誰にもわかりませんよ」  自分だけわかっていればいい、そんな駄洒落もある。  「で今日はどうした?と言うよりも、例の美女とはうまく行ったのか?と聞いた方がいいのかな」  森君は無精髭を生やし、精悍な顔つきになっていた。しかし髪の毛はしっかりとセットされて、ジャージではなくチノパンにポロシャツという格好である。 「結論から言うと、うまくいきませんでした」森君はさっぱりと言った。 「理由を聞いてもいいのだろうか?」 「彼女は日本の人でした。でもなんて言うのか、少し僕が思っていたよりも年上の人で、元々は何かの代表チームの、バレーとかバスケとかの、一流選手だったそうです」 「走りながらそんなに色々話したのか」 「いえ、まあ、少しずつです」 「僕のことは、気になっていたと言ってました。でも、そりゃあ毎週2回もすれ違えば、心に残るものでしょう。どう言った形であれ」 「それで?」 「挨拶をしたんです。ただ『こんにちは』って。そしたら『こんにちは』って返事してくれて、スピードを少し緩めてくれたので、僕は必死で追いかけて行って『すごい速いですね』って言ったんです」 「『君もだいぶんと速くなったね』って言ってくれたんですよ。彼女は僕のことやっぱりちゃんと認識してくれてたんだと、思って嬉しかったです」
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