恋のランニング 〜ザ・ファースト・テイク〜

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「ええ、どんな相談でも受け付けますよ」俺は大きく頷いた。 「どこから話せばいいのか…わからなくて」  どこからでも、小学校の運動会の話からでも、大丈夫だ。彼は目をパチパチさせて、俺をのぞき込む。 「時々走ってるんです。土手を」 「なるほど」 「週2回ぐらい、水曜日と日曜日に。僕はあんまり運動が得意じゃなくて、だからそんなに速くは走れないんです」 「で、どうしたらもっと速く走れるようになるのか、相談されにきたと言うことですね?」 「いや、まあ、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるんです」 「はあ…」 「毎回同じ時間に走るんです。朝方7時ぐらいから8時ぐらいまで。それであの…その…追い抜かれるんです。おんなじ人に」 「人間誰しも追い越されるのは、いい気持ちがしないものです。できれば追い越されたくない。むしろ抜き返して、鼻を明かしてやりたい。そう言うことでしょう?」  人の自尊心というのはとても複雑にできている。だから、俺のようなランニングクリニックという職業も成り立つわけだ。 「えっと…そうじゃなくて、いや、抜き返したくないという話でもないんですが、その人は多分女子なんです」 「女子でも速い人はたくさんいますから。森さんの走力がどのレベルだかわかりませんが、そんなに恥ずかしがることでもないですよ」  俺より速い女子だってたくさんいるし、世の中そういうもんだ。
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