罪人

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罪人

 景虎の不審な行動に最初に気づいたのは、重臣の武政であった。先代当主の頃から深山家に仕え、景虎が乳飲み子の頃を知っている。蛮勇ゆえに若くして亡くなった父から景虎が当主を継いでも、未だに景虎を「若」と呼んでいる。 「若、こんな夜半に何処へ行かれるのですか?」 「なぁに、ちょっと厠に行くだけだ。武政は床に戻れ」  主に同行を拒否されてしまえば、武政は追及出来なかった。草木も眠る丑三つ時の外出はたびたび行われた。茶屋のお夏が、夜も深くに人目を忍んで大名屋敷を抜け出す景虎の噂話に花を咲かせるのに時間は掛からなかった。しばらくして、景虎の後をつける光成の姿を見た者がいると言う。  ある朝、一際甲高い声をあげて読売が江戸を練り歩いた。瓦版には、地主殺害の報せが書かれていた。老いた地主が闇討ちにあった。  何者かが、地主の殺害を景虎の凶行であるとお上に密告した。景虎は御用となった。景虎は地主に恨みがあるとは到底思えなかったが、地主の家の付近を執拗にうろつく景虎を光成が視認していた。  地主の殺害は紛う事なき重罪である。それも、情状酌量の余地のないただ殺めることが目的の快楽殺人。たとえ武士とて、切腹は許されず庶民と同じように重罪とされた。景虎は市中引き回しのうえ打ち首獄門の刑に処される。  お夏が噂話をするまでもなく、町は大騒ぎである。町人達を煽るように、市中引き回しの最中、景虎はあらん限りの大声で叫んだ。 「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、午の刻には小塚原で祭りじゃ。そこの旦那も奥方も、人を殺める快楽に溺れた者の最期を見たかぁねえか?生まれながらの人斬りの首が飛ぶ様、見にゃ損じゃ」  お夏の茶屋の前で、寺子屋の前で、今や影も形もない相馬家の跡地の前で、景虎は声を張り上げた。喉を潰しながら大声を響かせて、江戸の住人を小塚原刑場へと誘った。  馬での長旅も終わり、ついに一行は小塚原刑場へと辿り着いた。市中引き回しには与力と同心が同行する習わしである。同心の光成は馬上で拘束された景虎をじっと見つめていた。刀を持つ手に力がこもり、震えた。  時の将軍、吉宗の増税によって町民は倹約を強いられていたため、人々は金の掛からない娯楽を求めていた。処刑の見物は庶民の格好の娯楽であった。まして引かれ者の景虎自ら喧伝したともなれば、小塚原は見物人でごった返した。米屋の手代も木賃宿の女将も、金持ちも下人も、老若男女を問わず野次馬根性を発揮した。  縄で雁字搦めにされたままの景虎を光成は馬から下ろし、ゆっくりと安土の前へと縄を引いて歩いた。そして、今や執行人がすっかり板についた実吉へとその身を引き渡した。    実吉がいざ景虎を斬らんとしたその時、光成は懐に隠し持っていた小刀で景虎の縄を切り解放した。そして、帯刀していた自分の分身とも言える日本刀を景虎に手渡した。景虎は即座に抜刀し、実吉へと斬りかかった。
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