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刹那
刹那の出来事であった。景虎は身を翻すと即座に抜刀した。白銀に煌めく切っ先は望月の軌跡を描いて、実吉の首を斬った。虎であろうとも獲物を捕らえた瞬間は気が緩む。油断した実吉はひとたまりも無かった。
「兄の仇」
舞い散る血飛沫の中、景虎はしゃがれた声でそれだけ言い放った。数々の罪なき者の首を斬り落としてきた男の首は、ごとりと音を立てて椿のように地面に転がった。
居合わせた役人らは凶行に及んだ男達をとらえようと一斉に飛びかかった。景虎は、役人を次々と峰打ちした。手のつけられない景虎の前に、まず光成をとらえようと役人が近づいたが、火事場の馬鹿力のような勢いで役人に体当たりをした。小さな体のどこにそれほどの力があったのか、役人は吹っ飛ばされた。そして、今までに出したことのないほどの大声で観衆に向けて叫んだ。
「皆の者、聞け! 地主殺しの罪は高岡実吉のものだ! 実吉は無実の深山景虎にその罪をなすりつけた。相馬頼平をはじめとする多くの者に濡れ衣を着せて殺したこの男に、我々は天誅を下した!」
この刹那に頼平の汚名を返上するため、江戸中から人を集めた。全ては無念の死を遂げた頼平のため。役人や便乗する喧嘩好きの野次馬を背中合わせに次々となぎ払い、ついに実吉の首を獄門台に乗せた。だが、これで終焉ではない。実吉の細腕では、呉服屋の旦那や名主は殺せまい。実吉が汚い金で雇い、悪行の片棒を担いだ者がいるはずである。
その全てを白日の下に晒すまで、たとえ罪人と呼ばれようとも、弔い合戦は終わらない。
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