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帰宅後、俺たちは二人きりで向かい合っていた。部屋には、ぴんと張りつめた空気が漂っている。
ジードは扉の前に立ち、俺はベッドの上に座っている。ジードが一歩踏み出した途端、俺は枕を思いっきり投げつけた。ベッドには枕の他にクッションが幾つもあったので、それも投げた。ジードはひょいひょいと器用によけていたが、一つが顔に命中した。
「……ひどいと思うんだが」
「どっちが!」
俺が睨みつけると、ジードは呻いた。眉を下げたまま、すがるような視線を向けてくる。
「たしか、結婚についてはこれから考えるって言ったはずだ! でも、王宮を出て暮らす時点で婚約になるんじゃ、もう決定事項じゃないか!」
「……」
王宮を出る条件をちゃんと聞いていなかった俺は、確かに悪い。でも、ジードはわかってて、俺を王宮に連れて行ったんだ。混乱に付け込まれた気がして、無性に悔しい。
ジードは足元のクッションを拾いながら、口を開いた。
「……異世界からの客人の後見は、王族と上位貴族の力関係で決まる」
「え?」
「貴族社会では、後見人になることが自分の地位の象徴になる。力のある貴族が後見を望んだら、他の者は手が出せない。俺じゃどうやってもユウの後見になれないことはわかっていた」
そういえば、レトも以前、ジードは俺の後見になれないと言っていた。
「過去には、後見となった貴族が、自分の子と客人を結婚させようとしたこともある。エイランに新たな風を吹き込むと言われる客人の注目度は高い。ユウは特に人気があった」
「……なんで」
「女性と見まがうような外観と若さ。それに加えて、魔力を増やす食べ物を作れる。まるで新しく発見された美しい魔石のようなものだ。後見どころか縁談も多いとレトがこぼしていた」
俺の手から、クッションが落ちた。
「そんなの……知らない」
「世話人は客人にとってより良い環境を用意する。不要な話を耳に入れないのも必要な仕事だ」
俺が考えていたのは、菓子を作って自立することだった。レトはいつも、それを優先してくれた。
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