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──気に入らない?
その言葉に、昨日見た光景が脳裏に浮かぶ。屋台で微笑み合う二人、令嬢を胸に抱くジード。思い出した途端、自分の中に、痛いような哀しいような気持ちが浮かぶ。自分でも思いがけない言葉が口に出た。
「⋯⋯俺さ、昨日、市場から泥棒が自分たちに向かってくるのが見えたんだよ。その時にジードを見かけた。泥棒を見たなら、ジードはなぜ、すぐに捕らえようとしなかったんだ。屋台の店主も買い物客も被害に遭っていた。騎士なら、すぐに駆けつけるべきなんじゃないのか?」
ジードが目を見開いた。
もうやめろ、と心のどこかで声がする。それなのに、俺の口は勝手に言葉を続けた。
「エリクは、俺が側にいてもすぐにあいつらに立ち向かったよ。あの姿こそ⋯⋯、本物の騎士だと思う」
顔をあげれば、ジードは呆然とした顔で俺を見ていた。くしゃりと顔が歪み、絞りだすような声が聞こえた。
「そ⋯⋯れは、たしかに⋯⋯。俺の取った行動に、ユウは呆れていたんだな。俺が何もしなかったと」
そんなことはない。ジードは令嬢を守っていた。そこに触れずにジードを責める俺が卑怯だ。マジで最悪。完全に八つ当たりなんだ。それなのに。
「それに、ジードは忙しいんだろ。許嫁とも会わなきゃいけないし、俺の護衛どころじゃないじゃないか」
ジードが息を呑む気配がする。
「⋯⋯勝手なことを言った。不快な思いをさせてすまない」
俺はただ黙っているしか出来なかった。ジードに言った言葉に自分で驚いている。そして、ジードが許嫁のことを否定しなかったことにも、少なからずショックを受けていた。
長い沈黙の後、大聖堂の鐘が鳴った。俺たちは立ち上がって、互いに反対の方向に歩き出す。昼食をとらなかったことにも気がつかなかった。
ああ、こんなに自分が最低な人間だとは思わなかった。
もうどうしたらいいのかわからない。
王宮の廊下を歩きながら、俺は頭の中がぐちゃぐちゃだった。
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