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俺の世界のスイーツの話を聞いたレトは、興味深いと言った。
「その昔、我が国の食卓にパンを普及させたのは、異世界人だと言われています」
「え、そうなの?」
「元々、穀物を粉に挽き、水と共に捏ねて伸ばしたものを焼いて食べていました。そこにパン職人だという異世界人が揺れと共に現れたのです」
最初はひどく落ち込んでいた職人は、保護された田舎で人々と一緒に農業に従事した。心身が回復するにつれ、彼はパンを焼きたがった。この世界に馴染めば馴染むほど、その気持ちは膨らんだ。
自分が焼いたパンを世話になった村人たちに食べてもらいたい。ここには、粉も水も竈もある。植物から油、動物から乳もとれる。後は発酵だ。森でとれる果実から酵母ができないだろうか。
彼は日々、研究を重ねた。
「何年もかかったそうですが、果実からとれた酵母を増やしてパンを発酵させ、焼き上げることに成功しました。その技術は少しずつ国中に広まっていったのです。パン職人のおかげもあって、この国では異世界人は新たな技術をもたらすと言われています」
レトの話に、俺はすっかりやる気になった。
俺は昔から、菓子作りが好きだ。家族が喜ぶのでどんどん作っていたら、コンクールで入賞したこともある。高校卒業後は、菓子の道に進もうと決めていた。
ここで菓子を作ることができたら、まず誰に食べてもらおうか。
ふっと、大きな黒い瞳が浮かんだ。華やかな顔立ちの、誰よりも優しい心を持っている人。胸の奥がズキンと痛む。ぶんぶんと、思いきり首を振った。遥か遠い異世界に来てまで失恋の思い出を引きずるのは、我ながらどうかと思う。
「この世界で食べてほしい人だ、この世界で!」
深い碧の瞳が浮かんだ、ああ、そうだ。一番に、彼に食べてもらいたい。俺の作ったスイーツを。
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