20人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
あゆみ
「ほら、右から三番目の子よ」妻がベッドの並ぶ新生児室を指さす。
「ようこそ」僕は、ガラスの向こうの我が子に呼びかけ、手を振ってみた。
しばらく続けたが、こちらを見てくれるようすはなかった。まあそれはしょうがない。まだ目なんて見えてないんだから。
「大変だったね、ご苦労さま」
赤らんだ頬の妻に微笑みかけた。
「名前は決めた?」命名は一任されている。
「うん。アユミにしようかと思うんだけど、どうだろう」
「いいんじゃない。字は?」
「愛するのあいに、弓矢のゆみ」
「キューピッドの愛弓ちゃん」爪の先でコンコンッとガラスを叩き、妻が呼び掛けた。それに応えるように、愛弓が握った手をぐいと動かした。
あまりにもしあわせそうな顔に、口にしかけた言葉を呑み込んだ。
ヨーロッパやアメリカで起こったおぞましい魔女狩りが、いつごろこの国で復活したのか、いつまで続くのか、誰も知らない。
最初のコメントを投稿しよう!