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トマト
「食べられるかなー」
次のテーブルに移動すると、やはり黒ずくめの違うお姉さんが笑顔で訊く。手を上げた子は十人。得意そうに、とまと、と口にした愛弓が、こちらを見てにゅッと笑った。
「食べなかったお子さまたちはここで解散です。ご自由に遊んでください。すべて無料です」
食べてはいけなかったのだ。好き嫌いをしちゃダメよ、としつけた妻が哀しそうな顔で見たが、受け止めきれず目を逸らした。
「最後はメリーゴーランドです。貸し切りになっています」
「きりんさんは?」
「後で行こうね」愛弓の頭を撫でた。
逃げるチャンスをうかがい続けたが、周りを囲む男たちは隙を見せることがなかった。たとえ逃げても、自宅から会社から愛弓の幼稚園まで、すべてが知られているのだ。
「お子さまはひとりで乗せてください」心なしかお姉さんの声が硬い。
愛弓を抱え上げて木馬に乗せた。いつもながらなんて華奢な体なのだ。その背中を撫でさすった。
これが最後の関門だ。ここをクリアさえすれば、もう二度と、怯えて暮らすことはない。
「いやだ、おかあさんといっしょにのる」
「愛弓はもう五歳。なんでもできるんだよ」背中を撫でながら妻が言い聞かせる。愛弓が泣き出しそうな顔を向ける。
「ひとりで乗れるでしょ? 愛弓が乗ってるところを、お父さんもお母さんもちゃんと見てるから。一周回ったら手を振るから、愛弓もちゃんと手を振るのよ」
不承不承に愛弓は頷いた。こんな小さな胸の内にも葛藤があるのだ。愛弓を鼓舞したものはなんだろう。見つめる視界が細くぼやけていく。
「行ってらっしゃい」ふたりの声に、愛弓が小さな手を振る。ちぎれるほどに手を振り返した。メリーゴーランドがゆっくり回りだす。首を回しきれなくなった愛弓が背中だけになった。
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