残り香のゆくえ

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 財布の行方よりも、真紀との会話を中心に思い出している事に気が付いて貴久は我に返った。  今はそれどころではない。慌てて財布に意識を向ける。  昼食後の行動はどうだったか。五時間目の授業が終わり、六時間目の体育の準備をする為、更衣室へと移動した。その際、鞄を教室に置いていた事を思い出した。  その時初めて貴久の脳裏に別の可能性がよぎった。 もしかして、失くしたのではなく、盗まれた?  そう考えた方が自然だった。弘から受け取って以降、財布を出す機会などなかった。だとすれば誰だ? 同じクラスの誰かだろうか? 貴久は誰も居ない教室へと引き返した。    誰も居ないはずの教室に人影があった。その人影は同じクラスの男子生徒、田辺だった。窓から様子を伺うと、貴久の机の周りで何かをしている。  移動教室の際に教室の戸締り係を務める田辺なら盗むチャンスはいくらでもある。だが、何かが盗まれた時に一番始めに疑われるであろう立場で、盗みを働くほど、田辺が馬鹿だとは思えなかった。それに小心者で気が優しい。そんな田辺が何かを盗むなんて考えたくはない。  ただ、何か知っている可能性は十分にある。直接話す為、貴久は思いきり扉を開けた。  田辺は、ひぃっ、という声を上げて、わかりやすく尻餅をついた。 「大丈夫か? 何してたんだ?」  貴久は田辺に近寄り、手を差し伸べる。  田辺はその手を掴んで立ち上がると、恐る恐るといった風に、「財布……」と一言呟いた。  貴久は慌てて、何か知っているのかと問いただすと、田辺はスマートフォンの画面をこちらに見せてきた。どうやら動画が流れているようで、その映像は教室を捉えていた。ちょうど先程、貴久が田辺を覗いていたのと同じように画面は教室内を映していた。  学生服を着た後ろ姿の誰かが、貴久の鞄を探っているところだった。その誰かは鞄から財布を取り出し、教室から慌てて出て行った。紛れもなく貴久の財布を盗んだ犯人だった。動画はまだ続いていて、犯人を追いかけている。体育館の裏、雑草の生い茂る場所でようやく立ち止まった。中身を確認し、近くに置いてあったグラウンド整備用の壊れたトンボで穴を掘り、財布をその中に入れた。掘り起こした土を再び掛け、慣らした後、ゆっくりと周りを見渡す。画面には、はっきりと弘の顔が映し出された。
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